日本3/4周

1987.8

 大学2年の夏。当時は教職を目指しつつ、塾でアルバイト講師をしていた。中型免許を取り、250ccのオートバイを持って初めての夏。ライダーにとって夏といえば北海道。

 しかし、私にとって夏といえば四国。小さな頃から夏はかならず愛媛の田舎で過ごしていた。愛媛でセミの声をききながら海沿いの道を走りたい。

 そこで、両方行くことにした。 photo:XLX250R

 北海道に行き、愛媛に寄ってから横浜に戻る。期間は夏季講習会が休みになる14日間ほどだ。マシンは春と同じ、XLX250R。ロングツーリングに備え、当時のパリダカマシンを参考に補助灯をつけた。


photo:青函連絡船

1日目 午前4時スタート。普段大学に通う道で「東北自動車道」と表示があったのを思いだし、行ってみたら久喜インターだった。一気に走り、青森へ。青森はねぷたで大騒ぎだった。深夜に出航する青函連絡船に乗り、函館へ。

2日目 早朝に函館港に着く。船内で知り合った人たちといっしょに市場を見学。かもめラーメンを食べる。その後小樽を経由して札幌へ。出発以来ほとんどまともに寝ていない。途中どうしてもがまんができず、土手の下に転がって眠る。とても眠かったのでヘルメットも脱がず、エンジンも停めずにアイドリングのまま道路脇に残して寝た。気がつくと上から他のライダーたちが心配そうにのぞきこんでいたが、「あ、寝返り打ってる。大丈夫そうですね」と言いながら行ってしまった。

 その後札幌まで行き、ライダー宿に泊まる。

photo:オロロンライン

3日目 坂本龍一の「旅の極北」という曲からイメージして、日本最北端を目指す。しかし何というところだか知らず、「どこまで行くの?」と聞かれても「北のほう」としか答えられない。留萌を通って天塩町で日没。みつばちの宿に泊まる。町役場の人にビールと焼き肉をごちそうになる。いろいろな旅人がいて楽しかった。

4日目 稚内・ノシャップ岬・ときてついに最北端へ。旅の極北は「宗谷岬」だった。天塩町のみつばちの宿に戻るが、今日のメンバーとは馴染めそうになく、昨日の楽しかった思い出まで消えてしまいそうなので雨の中を飛び出す。この夏は北海道の人もびっくりするほど寒く、雨が多い。林道を何本か通り、羽幌町で限界を迎えて旅館に泊まる。

5日目 晴れた。びしょびしょの服を着替えて乾かしながら走るのでなかなか距離が伸びない。富良野の黒板五郎の家(「北の国から」のロケ地)を見学し、近くの無人駅の待合室で寝る。

6日目 室蘭に行ってみる。「地球岬」という名前にあこがれるが行ってみるとさして感銘は受けなかった。早く愛媛の海を見たい。洞爺湖のあたりでフェリー会社に新潟行きのフェリーを問い合わせるが予約で一杯とのこと。だったら走って追い抜いてやる、と決意して函館へ。深夜の青函連絡船に乗る。

photo:洗濯 photo:小学校

7日目 早朝、青森に戻ってきた。駅前には誰もいない。数日前の光景が幻のようだ。日本海側を走る。途中でバイパスを離れ、小学校の校庭で洗濯。のぼり棒にゴムロープを張って干す。乾ききらない分は走りながら乾かした。糸魚川近くの梶屋敷駅で寝る。

8日目 北陸自動車道から名神・中国道。呉の大学に通っている従兄弟の下宿に泊まる。

9日目 休息日。呉周辺で遊ぶ。 photo:瀬戸内海

10日目 フェリーで松山へ。そして、佐田岬の田舎へ。

 

 

・・・2,3日田舎で過ごし、一気に走って横浜に戻った。


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