2007年12月アーカイブ

2007年12月31日  

冬の帰省3日目

 雪。年末の買い出しでヤマダ電機やフジで買い物。ついでに「どんぶり館」を見学。出来たばかりのヤマダ電機は広くてきれい。第一子はipodに興味が出てきたようで、自分用のイヤホンを買ったりしている。品揃えも横浜の店舗とほぼ同じか場合によってはそれ以上だろう。

 20年前までは田舎に帰ると何もないという感じだったが、だんだん賑やかになってきてここ1、2年で日常生活ではほぼ同じような感覚で過ごせるようになった。ただそれもクルマがあればの話しだ。実家がある集落にはコンビニは一軒もなく、最寄りのコンビニまではバスで15分、最寄りの本屋までは40分、最寄りのJR駅までは約1時間。しかしこのJR駅がある町には平地がほとんどなくて、ユニクロやヤマダ電機で買い物をするときは列車に乗って隣の市まで行き、更に郊外まで歩くのだ。ワシ自身は別に数日間だけの事だから買い物は我慢してもいいのだけど、ずっと住んでいる側から見るとやはり大型店や専門店での買い物の方が楽しいし安いし便利だ。

 病院事情も似たような感じで、隣の隣の市の病院に行く人が多いそうだ。近所には診療所しかなく、出来ることは限られているらしい。

 スーパーの肉売り場を見ていたら牛肉が国産ばかりなのに気が付いた。この辺は漁港があるし魚が美味い所だ。そこでわざわざ肉を食べようという時に得体の知れない輸入牛肉を食べたいと思う人は少ないのかな。「牛肉・オレンジ自由化」なんて出来事もあったから、輸入牛肉に対しても特別な気持ちがまだ残っているのかも(ちがうかな)。横浜で和牛を買うよりも安くて上質なように見えた。

 夕方、近所(と言っても徒歩だと約1時間かかる距離)に出来た温泉に行ってみる。建物が新しいから気持ちいいけどオペレーションが駄目。ロッカー番号が指定されるのだが一面だけで運用しているようで広い脱衣場の片面はガラガラ、もう片面だけが大混雑している。温泉で疲れが取れても着替えで疲労困憊。みんな文句を言いながら入っている。

 今年は格闘技もさほど興味がなく、割と早めに宴会終了。しずかに暮れてゆく2007年。

2007年12月30日  

冬の帰省2日目

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 3時に大津SAで給油。3時半には中国道に入り太陽の塔と再会。いいペースだ。

 4時半から6時半まで竜野西SAで仮眠。ひょっとしたら福岡に行けるかと思い、ここまで休憩を短めにして走ってきた。最初は「下らないこと言うな」と怒っていたオカーサンも「もし行ったら何時に着くんだ」と期待している様子。

 しかしラジオで天気予報を聞くと非常に天気がよろしくない。これから元旦まで大雪になるとの予報だ。3年前の雪を思い出す。あの時は降ったのは夜中だけで、午後には通行止めも解除になり無事帰省できたが、今年はもっと荒れそうだ。福岡市内はなんとかなるだろうが山を越えて大分に出るのは大変だろうしフェリーの運行も心配になる。

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 行けるところまで行ってみようと、しまなみ海道への降り口を過ぎて西へ。しかし冷静に考えると条件が悪すぎる。またの機会に落ち着いてゆっくり行こうと皆で確認しあってUターン。するととたんに雪が激しくなってきた。引き返したのは正解だったと思った。

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 だが瀬戸内海を渡り四国が近づくにつれて天気がどんどん良くなるではないか。これは行っても大丈夫だったか・・・とも思った。

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 途中、大三島で降りて大山祇神社に参拝。年末のひっそりした神社にお参りすると気分も引き締まる。一年の無事を感謝し来年の無事を祈る。

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 松山では行きたいと思っていたラーメン店があったが、行ってみると今日は定休日だった。新年は2日からやっているようで、ひょっとしたら帰りに食べられるかもしれない。万一食いっぱぐれた時のことを考えて労研饅頭を買っておき、野咲が開いていたら野咲、だめなら三津へ行って駅でうどんでも・・・と思っていたら野咲が開いていた。初めて来てからもう20年近く経つが、雰囲気も値段もほとんど変わっていない。凄いことだ。

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 あとは実家まで移動するだけ。伊予から大洲まで高速道を使い、ユニクロで衣類を少々調達してから実家へ。ユニクロで買い物しているときにあられが降り出した。やはり福岡行きは断念して正解だったようだ。

2007年12月29日  

冬の帰省1日目

 子供たちは今日まで塾。ワシはのんびりと年賀状作りと家の片付けの手伝いを少々。15時にタクシーでレンタカー屋まで行き、ステップワゴンを借りてくる。2駆にチェーン付きで予約をしておいたら4駆スタッドレスの車を貸してくれた。料金は2駆にチェーン付きでいいとのこと。天気予報によると雪にやられそうなのでこれは助かる。

 頑張って準備して18時半にスタート。近所の安売りスーパーで軽食や飲み物などを買い込んで高速へ。いきなり渋滞。夕食は海老名SAの吉野家。第三子が寝てしまったので交代で留守番をし、ニ交代で食事。

 海老名を過ぎると渋滞は解消。込んでいるけど一応流れているという感じで制限速度以下で巡航。途中のSAで休憩すると帰りに自分の車の場所が分からなくなる。208Dだったらどこにいても一発で分かるのだが・・・ワシだけでなく家族皆迷っていて、車の中で待っているととんでもない方向から息を切らして戻ってくる。同色同タイプの車が2台並んでいて、どっちかなと思ってのぞいてみたら両方とも違ったなんてこともあって、ただただ苦笑。

2007年12月28日  

仕事納め

 ここ数年、仕事納めの日は休暇を取って帰省を兼ねた旅行に出発していたのだが、今年は普通に出勤。午前中は通常業務、午後から大掃除。なんとなく保存していたものをどんどん捨て、だいぶさっぱりした。一人残業までして掃除。これでようやく“普通の散らかり方”になった。

 掃除の合間に、福岡のいつもの滞在型ホテルの予約状況を見てみると・・・30日夜の空きがまだまだある。これはひょっとするとひょっとするかなと思いつつ帰宅。明日夕方から3日夕方までレンタカーを借りてある。今回は単に帰省の予定だが、ひょっとすると壮大な寄り道が出来るかもしれない。

2007年12月27日  

コストコ20回目

 夕方に裏技稼業で一パフォーマンス。無事成功。その後はいったん外出してコストコへ。

 年末調整の戻りを現金で持っていたためか、大掃除用の洗剤を買いに行っただけのつもりがシャンプーにサラダドレッシングに洗濯石鹸にお菓子にお土産のウィスキーに自分用の焼酎に・・・と、どんどん品数が増えてしまった。コストコに行くときは気分を引き締めて現金は必要ギリギリがいいですな。

2007年12月26日  

ディスク増設

 28日午後が職場の大掃除。明日は請求作業で忙しいので大きなモノを片づけるのは今日やらないと・・・ということでやってみる。一番の大物は17インチCRT2台。思い入れのあるEIZO製でまだまだ使えるものだが、今時はCRTというだけで誰も欲しがらない。やや裏技的に処分。

 昔大阪のサーバーで使っていた40GBのディスクが出てきたので、慢性的容量不足の自分用のPC(約10GB)につけてみた。大阪ではSCSIに変換して使っていたので、アダプタを外してIDEに戻しつないでみる。無事認識するがデータは読めないのでFDISKの後フォーマット。データのいくつかをこっちに移し、Cドライブの空きが1GB近くなったところで作業終了とした。余りモンの部品でパフォーマンスが上がるのは嬉しいものだ。

2007年12月25日  

サンタがやってきた

 昨夜はワシは眠くなって先に寝てしまい全く知らないのだが、今朝起きてみるとサンタがやって来た形跡があったらしい。第三子には希望通り水色のニンテンドーDS Liteがプレゼントされたようだ。こいつはずっとお下がりの初代DSを使っていたから喜んでるんだろうなと思ったら・・・

「ソフトがない」

と怒っている。欲しいソフトは第二子が持っていて、しかももうやっていなくていつでも貸してくれるというのに・・・やれやれサンタさんも大変だ。

「そんなに怒ってると今日の夜サンタさんが持って帰っちゃうぞ」

と脅すとそれは嫌だそうで、ようやく素直に喜んで使い始めた。

 思い起こしてみると第一子や第二子の頃はプラレール一編成とかミニカー数台とかそんな感じだったと思うのだが、兄たちの趣味や興味につられてエスカレートしてますな。末っ子はいろいろと有利だ。末っ子担当のサンタさんは大変だ。

 仕事から帰るとまだみんな起きていて、サンタさんにプレゼントされた水色のDSに、オカーサンが自分で買った『眼力トレーニング』を入れて遊んでいた。やらせてもらったが名前の登録は4人まででワシの名前を入れる余裕はなく、お手軽テストしか出来なかった。「新しいゲームにオレの名前を入れたい」と言っていた第三子の気持ちがすこし分かったような気がした。

2007年12月24日  

メリークリスマス

 女房と二人で無印良品に行き家具の目星をつける。スタバのコーヒーを飲んだりしてなかなか満ち足りた気分だったが、なぜかクリスマスブレンドじゃなかった。もう流行らないのかな。

 夜は電子レンジのお手軽チーズフォンデュ。幼少時にアルコールランプで温める専用鍋が家にあってなんどかやったことを懐かしく思い出す。子供が小さいうちに買ってみようかなと思う。

 夕食の後はオカーサンの自家製ケーキ。第三子が喜びのあまり歌い出した。

「ハッピバースデー トゥー ユー ハッピバースデー トゥー ユー」

面白かったのでそのまま見ていた。

「ハッピバースデー ディーア・・・メリークリスマース ハッピバースデー トゥー ユー」

 パチパチパチパチ。

 まあ、よくある光景ですわー。

2007年12月23日  

ハプニングを楽しむ

 朝早くから横浜のヨドバシカメラへ。ゲームやらオモチャやらを買い、ついでにサンタさんの手伝いもこっそりとする。ゲーム売り場のレジは約40分待ち。去年の経験からそんなもんだろうと思いつつ役割分担して行動したので割とスムーズに終了。聞く所によると午後には1時間待ちになったのだとか。

 なんとか2時間以内に買い物が終わり、駐車場(立体式)に戻ると「駐車場が故障していて出庫できない」とのこと。30分位かかるらしい。レンタカーだったり午後の予定が詰まっていると大変なところだが、幸い自家用車だし午後もフリーだ。ここでただ待つのもつまらないし、なんとなく長引きそうな予感もした。ちょうど昼飯時だったので、携帯番号を伝えておき直ったら連絡を貰うことにした。念のため横にあった駐車場のチラシ(電話番号入り)をもらっておいた。

 すぐに帰れないのは辛いが、出せないものは仕方がない。誰かに文句を言ったところで早くなることはない。たぶんかえって遅くなる。考え方を変えて「駐車場代の心配なしに横浜をブラブラできる」と思えば素敵なことではないか。

 で、ブラブラしてみる。第三子がマクドナルドでの昼食(というかハッピーセットのおまけ)を所望したので行ってみるが、相鉄改札口の下あたりにあったマクドナルドは跡形もなくなっており、地下街ごと様子が変わっていた。そのまま地下街をブラブラしてみると美味しそうな食材が売っていたり、その奥には自然食でヘルシーそうな料理のバイキングレストランがあってなかなか良さそうではないか。第三子には「マクドナルドは夕方に絶対行くから」と念を押してそこで昼食。それほど高くはないし大混雑もしていないしでイイ感じだ。最初は機嫌が悪かった第三子も、肉が美味しいのですぐにニコニコになった。

 1時間以上経ったが連絡が来ないのでこちらから連絡してみる。が、呼び出し音がなるばかりで出てくれない。チラシにもう一つ本部らしき電話番号があったのでそちらに掛けてみるとすぐに出てくれた。緊急対応センターらしい。聞いてみると

「他のお客様からも連絡がありまして、現在情報収集中です」

とのこと。ワシは現地の電話番号を確認しておこうと思い

「駐車場の電話番号は○○○-○○○○でいいんですよね」

と聞いてみる。するとしばらく保留になり・・・

「電話番号はこちらでは分かりません」

と言う。

「あんた、電話番号も分からないでどうやって情報収集するの?」

と思わず聞いてしまった。聞きなら「うわー、福岡の上司みたい」と思った。ちなみに質問の答えは

「他の者が居りまして・・・」

だった。

 もうしばらくブラブラ出来そうなので、東急ハンズで文具を見たり無印良品で雑貨を見たり。やがて「復旧した」との連絡が入った。「ちょっと離れたところにいるから時間かかるけどいい?」と聞いたら「いつでもお手すきの時で構いません」とのこと。よし、子連れだし疲れているので少しだけゆっくりさせてもらおう。

 女房が洋服を見ている間、子供たちを連れて模型屋巡りでもしようかと思ったが、知っている模型屋は全部なくなっていた。ジョイナスにあったチヨダママストアとか、駅ビルにあった横浜模型とか・・・もうすっかり思い出になってますな(駅ビルという言い方もかなり古いか・・・)。自然の広場なんてのもとっくに無くなってる。「昔はここに水が流れていて・・・」なんて言っても仕方ないので黙っていた。すると駐車場会社のセンターから「ご迷惑をお掛けして申し訳ございません。現在鋭意修理中です」との連絡が入った(笑)。

 駐車場に着くと係員さんが平謝りだったが、逆にこっちが「おかげで楽しかったよ」とお礼を言いたくなった位。ちょっと疲れたが楽しかった。

2007年12月22日  

ホッピー

 飲み過ぎと出張疲れで腰がフラフラ。子供たちに入れ替わり立ち替わり揉んだり踏んだりしてもらってどうにかこうにか稼働。

 遅めの昼食は環2家で。ワシは何度か来たが家族は初めて。しっかりした味で美味しい。目の前がスープ鍋の席で、豚骨を入れ替えたりスープの味見をする姿を見学しながらの食事。いいものを見させてもらった(見たからって何するわけじゃないんだけど)。

 車検整備に出していたゴルフワゴンを引き取った後は先週と同じくOKストアで買い物。ホッピーを多めに買って乾杯。飲み過ぎて身体が弱っているがビールのシュワシュワ感が欲しい。子供と一緒にホッピー飲んでシュワシュワ。これがけっこう美味しくて笑える。アルコールなくてもいい感じじゃん。

 バブル末期の学生時代、就職活動に燃え狂っている周囲を見ながら「何か違うなあ」と思い、本当にやりたい仕事をやって100%麦のビールが1日1リットル飲めればいいやと考えていた。それから約15年はそのような生活をしていたけれど、いつの間にか普段は発泡酒になり、さらにはホッピー(の焼酎抜きというかストレートというか・・・)にまで発展(?)してきておるわい。この先はどう変わっていくのかのう。

2007年12月21日  

オペコン

 大阪出張中、新しく設置したi5(AS/400)用のオペレーションコンソール(オペコン)設置で小トラブルがあったのでメモしておく。

 今回はコストをギリギリまで絞ったため、オペコン用のPCは当方で用意する約束。当初「PCは何でもいいですよ」とのことで使い古したけど程度のいいIBM Netvista(Windows98)を送っておいたが、オペコンのインストールで跳ねられてしまった。とりあえず業者さん手持ちのノートPC(W2Kが入ったThinkPad)で作業を続ける。

 そういえばLANポートの調子が怪しいWindows2000のPC(プリンターで有名なE社製デスクトップPC)が1台余ってるなあと思い出し、東京に電話して至急大阪に送ってもらう。オペコンはシリアルポートで接続するからLANポートは無関係だしな。で、今日の朝からそのPCを設定。インストールはアッサリと終了。つないでみるが・・・つながらない。COM1で送信はしているものの受信する気配がまったくない。再インストールしても駄目。BIOS設定を確認したりいじったりしても駄目。

 業者さんは手持ちのWindows2000ノートを当分無償貸し出しで置いていくと言ってくれたが、それでも後日入れ替えて動作確認するのは手間だ。出来れば今日の午前中に終わらせたい。こういう時にはメーカーを合わせてみるのがいいと思い、来年から来る新人用に取っておいたIBM Netvistaで再チャレンジ。するとあっさりつながる。今時メーカーチェックなんかはしていないだろうから、この個体またはシリーズの不具合だったのかな。またはIBMならではの独自仕様かなにかあるのだろうか。

 i5のオペコンにはIBMのPCが無難なようだ。こういう場合、業者さんは「なんでもいい」と言いつつも無意識のうちにIBMのPCを選ぶし、社内担当者のワシも無意識のうちにIBMで選んでいたが、98で跳ねられた後はOSのバージョンの方に意識が行ってしまっていた。「IBMなら大丈夫」という訳ではなく、要のPCや特殊な運用をする所ではメーカーを揃えた方が無難ということなんだろうな。

 ホッとしながら横を見ると、見慣れない別のNetvistaがある。数ヶ月前に退職した社員のPCを現地スタッフが片づけてくれていたらしい。このPCの方がスペックが低く、また今後使用する予定もないとのことでオペコン用に最適だ。業者さんも快く引き受けてくれて、こっちをオペコン用にした。これもあっさりつながった。トラブったE社PCは保守契約発動で別のPCに交換してもらえることになった。本社でまた誰かのクライントPCになりコキ使われることになるだろう。

2007年12月21日  

大阪出張2日目

 8時に活動開始。まずはいつものように吉野家へ・・・と思ったが、同行している業者さんが「入らない」と言う。それもそうだなと思いスタバへ。コーヒーとパンで朝食。2日連続だな。

 昨夜仕掛けたデータバックアップがうまく行っていることを確認し、午前中で作業終了。午後は来年の大規模な模様替えへのアドバイスなどを行う。18時頃出発し、いつものお好み焼き屋さんで45分ほど食事。湯豆腐が美味しい季節。これにご飯入れたら美味しいだろうなと思っていたら「これで雑炊作ったら美味いで。作ったろか?」と作ってくれた。

 JR、阪急、モノレールと乗り継いで空港へ。最終の777-300で帰京。羽田34R沖合いの工事がだいぶ本格的になってきているようで、船が沢山出ていて灯りがきれいだ。

2007年12月21日  

大阪出張

(12/20)

 11月に決まった災害対策機の設置で大阪へ。いつものぶらり一人出張ではなく業者さんと現地集合するのでやや緊張気味に出発。余裕を持って空港に到着、朝コーヒーを飲み8時の777-300で伊丹へ。限定の白葡萄ジュースが美味しい。今日は富士山よりもだいぶ南を通るルート。鎌倉・江ノ島・小田原・御殿場を眺めながらの飛行。

 伊丹には予定通りに到着。高速バスだと渋滞していそうだし、やや時間に余裕があるのでいつもとは別のルートをとってみたくなり、バスでJR伊丹駅へ(約25分)。伊丹からはJRで乗り換えなしで出張先へ移動できる(各停がこないと一度乗り換えるけど)。次回時間に余裕があれば伊丹テラスに寄ってみるのも楽しそうだ。

 途中で業者さんとも遭遇出来、仕事場へ。仕事は大変順調。19時前には出発できて20時からホテル近くの海鮮居酒屋で宴会開始。4人で焼酎1.5升。飲み過ぎだが最後までなんとか大丈夫だった。深夜2時に締めのラーメンを食べたくなったが適当な店がなく、仕方なく定食屋で定食を食べる。飲み過ぎプラス食べ過ぎ。久しぶりにお莫迦さん。

2007年12月19日  

メモリ

 初めてDOS/Vマシン(死語か・・・)を買ったときはまだ30pinのメモリを4枚一組でセットする時代だった。メモリ工場で爆発事故が起き、ただでさえ安くないメモリが更に高くなった頃だった。PCが大体40万円(それでも安くなって狂喜していた)、そのうちの3割以上(下手すれば半分近く)がメモリ代だったような。で、今からふり返ると笑ってしまうようなたった16MBだった。Windows3.0とか3.1の時代、実際の業務やパソコン通信などはまだまだDOSでやっていた頃である。

 そんな頃に苦労してメモリを買ったり足したりしていた影響だろうか、今でもメモリは高級品でもったいないモノという意識が強い。なので、メモリを1GB積まないと快適に動かないWindowsXPより、128MBや256MBで快適に動くWindows98の方が大好きだ。今でも会社の仕事は98でやっている。今はメモリも安くなったのでほんの数千円の差だが、100人分で考えると数十万円の差になるからな。流石に自分以外にはもう98は勧めていないが、それでも256MBや512MBで快適に動くWindows2000の方が「いいOS」だと思っている。Vistaなんて論外。Vistaだと2GB位メモリが欲しくなるものらしい。

 XPのパソコンが遅いと悩んでいる例を身近にいくつか見かけたが、みなメモリが当時標準の128MBだった。XPだと最低512MB、出来れば1GBあるといい。みな「買ったときはもう少し速かったのに、最近もの凄く遅くなった」と悩んでいるけど、買ったときからギリギリの遅さで、アンチウィルスソフトを入れたり更新したらさらに遅くなったんじゃないかな。私の周りではメモリを足すだけで済みそうな例ばかりだった。

2007年12月18日  

スポーツジム47回目

 風邪気味だったりなんだりで、2週間行けなかった。今日もまだ万全ではないし、寒くて泳ぐ気分ではないのでマシントレーニングにしておく。走る気分でもないから30分間ひたすら早歩き。

 ランニングマシンにはモニターがついていて、テレビを見たり全国の観光地巡りができるようになっている。ずっと前に一度やった「福岡編」の続きを見てみたら天神あたりの地図が表示され、画面の中の人形は西に向かって進んでいる。この辺は自分でもクルマで走ったり歩いたりもしたな・・・などと思いながら行き先を見守る。右に曲がって長浜かな・・・と期待していると、なんと左に曲がるではないか。で、大濠公園とか美術館なんかを巡っている。おいおい長浜を外すのかよ・・・まあ普通はそうか。でもこのまま行くと西新の駅前を通るかな、ひょっとしたら早良区のはずれの方も・・・と思っていたらそこで福岡編が終わってしまった。惜しい。自分でもなんだかよく分からないけど、惜しい。

2007年12月17日  

年末進行

 今日から年末進行。普段は5日毎にやってくる請求作業が2日連続になったりする。慌ただしい毎日が更に慌ただしくなる。

 例年だったら「もうすぐ福岡でラーメンだ」と楽しみにするところなのだが、今年は受験生がいるのでそれもなし。替玉・替肉50円のうちにもう一回食いたかったなあ。

2007年12月16日  

インチキ

20071216.png 最近気に入っている「せんば自由軒」のカレーを食べにまた横浜へ。まだ第一子が食べていなかったので、これでようやく全員で食べたことになる。ワシと第三子は三回目だ。

 前回来たときに、インデアンカレーとスパイシーチキンのセットが店の符丁で「インチキ」と呼ばれていることに気が付いたが、テーブル上に置かれた伝票にも「インチキ」と印字されていた。よく見たらレシートにも(笑)。

 午後はベイサイドマリーナに移動。いつものように臨時駐車場にクルマを置いてバスで移動。バスを待ち、移動する時間は10分程度。しかも無料。何分も待って本駐車場に入れ、遠くに停めさせられて何分も歩き、たくさん買い物して「あと5分で出なきゃ」とか言っているよりも数十倍気楽。ベイサイドマリーナはオーナー駐車場か臨時駐車場のどちらかに限りますな。

 夜は昨日買った肉で焼肉。ビニール袋入りの安い牛肉がシチュー・カレー用として売られていたので買っておいたのだが、これに塩を振って食ったら美味かった。あとは国産の薄切肉と豪州産のカルビを少々。安いのに美味い。安いから更に美味しく感じる。

2007年12月15日  

フツーの土曜日

 回転寿司・バス系ラーメンと放浪してみたがどこも満席で待たされそう。で、たどり着いたのが結局家から一番近い中華料理屋さん。本格的な味なのに安くて子供たちも喜んでいる。最初からここに来れば良かったな。

 夕方はクルマで30分ほどドライブして安売りスーパーマーケットに買い物に。近所にも同じ店があるのだが、今日は別件と合わせて遠くの店に行ってみた。すると・・・これが同じ店かと思うぐらいに違う。値段は同じだが面積と品揃えが約3倍だ。レジもたくさんあるから近所の店のように十数分待たされることもない。見るものすべてが欲しくなってしまう。

 牛肉が素晴らしく安かったので明日は焼肉に決定。高速道路(片道150円)を使わないと時間がかかるのが欠点だが、コストコに行くよりは近くて安い。ごく少量から買えるし・・・しばらくの間ここにハマることになるだろう。

 ほんの数年前までは、せっかくの土曜日にスーパーマーケットで買い物するなんてもったいなくて大嫌いだったが、今じゃこれも楽しみの一つになっている。どうせやらなきゃいけない仕事なら楽しんだ方がいいだろうしな。寝っ転がってマンガ読んでいればママが買い物してご飯作ってくれた幸福な時間はもう戻ってこないのだ。今はワシらが・・・

2007年12月14日  

エクセル集計ツール

 エクセルで、カレンダー型というかひな壇型というか・・・縦横に無数に並んだ文字や数字があって、その中から何が何個あるのかを拾い出す作業を同僚たちがよくやっている。何十分もかけて手作業(目作業)でやっている。自分だったら

1)作業シートにデータをコピーする
2)縦一列に並べ替える
3)データ順に並べ替え
4)重複レコードをはじく
5)出来たデータでcountifをやる

という感じで作業するが、これを全部教えるのは時間がかかるので最後まで聞いてくれない。数人にcountif関数を教えたりもしたけど、結局どんなデータがあるのかは目で探すか、上のような作業をしなくてはならない。今までは全員がエクセルを覚えることが大事ではないかと思ってきたが、考え方を変えて、簡単に集計できるツールを作成してみた。

 作っているうちに別の要望も出てきたので追加機能も入れてみた。

名前,数量

という形のデータを1000行までsumifで集計するものだ。

20071214.png

 どちらもsheet1のデータを集計しsheet2に結果を書き込むが、書き込まれたときはsheet1に対して関数で集計を表示している状態になるので、あとで間違いが見つかった時も簡単に直せる。たぶんタイトル行や日付などの余計なデータも入って集計されるだろうから、要らないデータをいくつか消す必要が出てくるだろう。

 最初作り始めた時は「横はZ列(26列)まででいいだろ」などと甘く考え、全部式を手打ちして力業で処理していた。ところがサンプルデータ(実際にギョーカイに出回っている雛形データ)を入手してみたら、5ミリ方眼紙のようなデータで100列以上使われている。これは駄目だと思い、Loopする式に書き直して250列に対応したのだった。方眼紙はしばらく見たくないが、いい勉強になった。

the-shukei.xls(190KB)

2007年12月13日  

メモリ増設

 同僚(元ネットアイドル)が結婚を機にPCを買うとのことで、某社のノートPCを紹介した。高いイメージがするブランドだが、Officeパーソナル付で10万円ちょっとだった。安くなったものだ。

 あまりに安いせいか一時的に品切れになったようで、増設メモリだけ先に出荷されてしまい本体は一週間ほど遅れることになった。いったん自分のところに入れさせてセットアップしてから納入したかったが、今回は経費と時間を節約するためメーカー直送にした。年賀状の都合もあるからな。

 納期がずれる旨は発注の後に連絡をもらった。一抹の不安を覚えたが特に文句は言わなかった。ダイレクト販売の特価品はよく品切れになる。発注したのに数時間後に品切れで断られたこともある。しかし今回はメモリだけ先に出荷すると言う。ということは本体も必ず出荷するという意気込みなのだろう。万一外れても、メモリを“人質”にすれば交渉しやすい。カード決済だったので決済の順序だけ確認し「出荷されたものから決済される」ことを確認して了承した。これがたしか先々週のことだった。

 メモリも本体も順調に納品され一件落着と思っていたが、まだメモリ増設をしていないとのこと。やるなら早いほうがいい、目覚まし時計の裏蓋を開けて電池を入れるようなものだから・・・と勇気づけておいた。やや心配ではあったがまあ大丈夫だろうと思っていた。

 そして今朝、会社に行くかと携帯を取り画面を見るとメールが届いている、「壊れた」と悲鳴のようなメールが。時刻は草木も眠る丑三つ時。ワシも眠っていた。

 昼休みに電話でサポート(拠点間は無料で通話できるようにしてあるのでこういうときは非常に便利だ)してみたが、メモリ増設をする前にパームレストの取り外しがまずうまく行かなかったらしい。現物を前にすれば鼻歌交じりで出来ることなのだが、買ったばかりのPCが壊れてパニクっている女性を電話で遠隔操作しながら作業し、その報告を聞きながらトラブルシューティングするのは非常に難しい。ドライバーを使うときは押す力を7で回す力を3だとか、メモリの抜き差しだけでそうそうは壊れないからなどといろんなことを話しながら進めていく。なんとかパームレストは外れた。ネジ4本の中の1箇所はナット側を壊してしまっているようだ。まあ1本ぐらい大丈夫だろう。

 スロットが2個でメモリも2枚。最初についていたメモリだけにして起動してもらったが

ピー、ピーピーピー、ピーピーピー、ピー

と物凄い警告音が出る。スロットを変えても出る。他に出来そうなこともないのでもう一回抜き、斜めに挿し入れてやや強めに押してから倒してセットしてもらった。さっきまでは「おばあちゃんに指圧するぐらいの強さ」でメモリを押せと説明していたが、「お母さんに指圧するぐらいに強くして」と指示を変えた。

 すると「動いた」との報告が。なるほど、どうやらメモリが奥まできちんと入っていなかったようだ。もう一枚も同じように入れてもらい、無事起動。パームレストもなんとか装着出来、起動してのチェックもOKでようやくミッション終了となった。

 長年PCに関わっていて、ノートだけでもかれこれ数十台セットアップやメンテをやっている。すっかり慣れっこになっていまい「3分で出来る」などと軽く言ってしまったが、そういうワシ自身もそういえば初めての時は緊張したなとか、タワーPCを初めて組み立てるときは一つ作業をするたびに本を2冊読み比べながらやったなとか・・・忘れていたことを思い出した。ワシらが何気なく使うドライバーも、一般の家庭にはなかったり、あってもサイズが合わなかったりするのは当たり前だしな。自分が慣れる・慣れないとは別に、アドバイスとして不適切なものだったかもしれないと反省しているのである。

2007年12月12日  

名寄せ

 データベースではキーは重要だ。キーがしっかりしているデータはどんなに大量でもあっという間に処理できる。一度でもアクセス等のdbで苦闘したり、他人が作ったエクセルのシート2~3枚を統合しようとしたことがあれば分かるだろうう。

 パソコンに興味がない人でも、「ダンナが管理している住所録と、奥さんが管理している住所録を一つにまとめる」って作業を想像してもらえばイメージが湧くだろう。人間だったら名前を見て「同じ人だ」「違う人だ」と判断するが、結婚や離婚などで名字が変わったり、誤字や脱字もあるだろうから作業は簡単にはいかない。それでも夫婦の住所録ならどちらかが顔見知りだからまだ楽だろうけど、これがまったく顔も名前もわからない第三者の名簿だったら作業は難航するはずだ。

 さらにこれをコンピューターでやろうとすると、名字と名前の間にスペースが入っているかどうかなんて問題も絡んでくる。更にもの凄いデータになると、印字したときの見映えを狙って字と字の間にすべてスペースが入っていたりもする。旧字体の処理なんかも絡んでくると、全部解決するのは絶望的に思えるはずだ。

 消えた年金の問題はこれがもう数倍から数十倍複雑になったようなモノ・・・じゃないかな。通常の処理から外れてしまったものが何千万件もあるわけで、それを新しいソフトで処理と言ったところで相当難しいだろうとは思っていた。やるとしたら「疑わしきはすべて有利に」でやっつけてしまう位だろうなと。ところが偉い人は「全部解決する」と言い張り、そしてやはり駄目だった。

 その裏には、コンピューターのデータベースのことなんか全く分からないのに、「名寄せ」と聞いて「その言葉なら知っている。それなら時間さえかければ出来る」と思った人がいたんじゃないかな。「何億円もするコンピューターソフトを使うから大丈夫だ」と思った人もいたんじゃないかな(13億円らしいね)。言った方だけでなく、聞いて納得してしまった方にも問題はあるように思う。

 ワシらの世代より上の人は知っていると思うが、昔運転免許証には意味不明のフリガナがふられる時代があった。漢字に特定の読みを一つだけ割り振り、それをカタカナで並べたような雰囲気だった。昔のコンピューターは漢字が処理出来なかったから、たぶんこの不思議なフリガナをキーのような扱いにしてコンピューター処理していたんじゃないだろうか(その頃は免許証の名前や住所の部分は代書屋さんに和文タイプで打ってもらった。手書きでも大丈夫だった)。仮にこのデータを漢字に自動変換するとして、何億円もかければ大丈夫かというと・・・そもそも名前がひらがなの人もいるから100%は無理ですな。似たような問題は年金のお役所にもあるはずで、データ上の100%解決はどうやっても無理だろう。落としどころを作って国民の不利益にならないようにするしかないと思うが・・・それもまた税金だなあ。

2007年12月11日  

車検・整備

 日程の関係でとりあえず車検だけ通してしまい、本格的な整備は来週の予定。今回のPunto生活は1泊2日で終了。ブレーキがガーガー鳴く二号車で帰宅。何も整備しなくても車検って通るんだなあと思った。

 でもまあ、2年に1回プロにクルマを点検してもらい、各所の調整・点検、定期交換部品や消耗品の交換などをやってもらうのは良いことだ(本当は12ヶ月点検もあるけど)。ユーザー車検が流行ったけど、元プロとか、プロ級の技術と工具を持った人じゃないとクルマを壊すだけじゃないかな。昔趣味としていたエンデューロバイクの世界でも、整備(車検じゃないけど)はみな自分でやるのが当たり前だった。でも、ショップのエンジニアから見るとみな「コテコテ」「ボロボロ」だったようだ。

 「オイル交換ぐらい自分でやろう」なんて話しもよく聞くけど、勧められないと出来ない人、人に聞かないと出来ない人は自分ではやらない方がいい。プロはオイル交換のついでにブレーキやパワステなどの油量やベルトの状態などもチェックしてくれる。素人がオイル交換だけをやるとその機会を失い、クルマが傷むだけなんじゃないかな。それに、オイル交換であちこちの工場の様子を探っておけば、重整備が発生したときに「あそこに頼もう」「あそこはやめておこう」と思えるはずだ。私はもう10年以上、クルマのオイル交換は自分ではやっていないし、大手量販店なども使っていない。かといってディーラーでやるとボラれそうな気もして・・・難しいな。

2007年12月10日  

Punto

 二号車を車検に出す。買ったばかりのつもりだったがいつの間にか9年経っている。早いものだ。

 代車は久しぶりのPunto。乗り味は最高で欲しいぐらい。家に着いたらまだ家族が起きていて、音に気付いて第一子と第三子が外に出てきたのでそのまま町内一周ドライブ。クルマに本格的に興味が出てきた第一子が「Punto欲しいなあ」と気に入った模様。第三子も「プント~」と盛り上がっている。これがVitsだったらきっとここまで盛り上がらなかったろうな。マーチだったら似たようなところまでいったかな。この辺の違いが何なのかは一生かけて究明するテーマなのかもしれませんな。

 マフラーがヴヴヴヴ・・・と控えめにいい音を奏でていて、第一子も気に入っていた様子だったが、後日聞いてみたら「マフラーが腐っている」とのことだった。それもイタ車の足車らしくて、いい。

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2007年12月 9日  

原っぱ

 ミゼット2に自転車を載せて近所の原っぱへ。

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 載るかな、とハラハラドキドキしたがなんとかなった。荷物を載せるときのワクワク感・・・何ヶ月ぶりだろうか。我が家にはこのワクワク感が必要だ。

 ここは第一子・第二子が初めて補助なし自転車に乗れるようになった原っぱだ。第三子は近所の公園でこの半年ほど練習を積み、調子が良ければ数秒間漕げるぐらいになった。今日が“原っぱデビュー”だ。同じ公園ばかりだと飽きちゃうからね。

 補助付きの自転車を買ってもらったばかりの子も来ていて、みな和気あいあいと遊んでいる。第三子も原っぱのうねりに負けずに走っている。

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 まだ脚の力がそれほど強くないので、ころがり抵抗が大きい原っぱは嫌がるかと思っていたが、楽しそうに漕いでいる。転んでも痛くなくて安心感があるのだろうし、また広くて気持ちがいいせいかもしれない。なんとか小学校入学前に補助輪が取れた・・・こいつは自転車やバイクは無理かなあと思ったことも何度もあったが、あきらめなくて良かった。当たり前のように乗れる子にはまったく想像がつかない世界だろうが・・・世の中にはいろんな子がいるから、きっと参考になることもあるだろう。同じ悩みを持つ方、あきらめずに親子で楽しんでください。

今年の3月まで・・・第一子のおさがりの16インチ(補助輪付き)があったが、ほとんど乗らず
4月・・・古道具屋で14インチ自転車を購入、しばらくは補助輪付きで漕ぐことを覚える
5月・・・ペダルとクランクを取り去り、足ケリ専用にして気長に練習
8月頃・・・ペダルとクランクを再び装着。補助なしで漕ぐ練習を開始
10月・・・だんだん乗れるようになってきた
11月・・・一応「乗れるようになった」といっていいレベルに
今日・・・原っぱデビュー

ガレージ左キック

2007年12月 8日  

軽ワンボックス

 仕事で軽ワンボックスに乗った。ミゼット2に慣れた身体には大型車としか感じられなかった。

「広いなー」

とつぶやくと

「それが普通」

と突っ込まれた。

 夜は職場の忘年会。おじさんたちとずっと話し込んで、一次会のみでさっさと帰還。帰りにコンビニでビールとつまみを買って家で飲み直し。今週は休肝日作れなかったなあ。

2007年12月 7日  

つぶやき

 ブログを読んでいると、文章がだんだん短くなってきていることに気付く。切りの良いところで改行が入って折り返すのが当たり前、文章とか段落なんて概念はもうなくなってしまっているかのようだ。

 こういう習慣はたぶん電子メールから始まり、それが一般的になったのだろう。思い起こせばパソコン通信でも「一行80文字前後で改行を入れろ」とよく言われていた。原稿用紙を使わされていた世代には思いもつかないやり方だ。おそらく理系の人々がレポート用紙に日本語を書く場合のやり方と似ていて、違和感無く導入されやがて一般化していったのだろう。

 昔は先に文章を書き、書き終わってからVZエディタの改行マクロで整形して改行を入れたりしたものだけど、今は手動で文節の切れ目でどんどん改行する時代になっている。句読点や長音記号が行頭に行かないようにするのを禁則処理というが、そのうち文節の切れ目以外で改行するのも禁則になるのかな。というか、そんな処理をするならワープロって完全に不要になっちゃうな。エクセルを方眼紙にして文章書く人も多いらしいし。

 最近は携帯の画面でメールを読み書きするのもあたりまえになり、ブログも携帯からの書き込みが当たり前になり、更に文章が短くなっている。中には「つぶやき」とか「さけび」が大半のブログもあったりする。それはそれで読んでいて面白いが・・・今はまだギリギリで「普通の文章を読み書きできる人」が洒落で短文を書いている状態だと思うが、文章が長いだけで読むのをあきらめてしまう人も多くなっている。業務で送ったメールも「長いから」と読まない(でも文句は一人前に言う)。かなり凄い状態になっていると思う。

 そのうち今の状態があたりまえになって、そこから更にもの凄い世の中になっていくんだろうな。で、「昔はまだよかった」と。

2007年12月 6日  

ランバーサポート

 ミゼット2は非常に楽しいクルマだが、腰が痛い。乗り始めて数日で体のあちこちに影響が出ている。若い頃はもっと乗り心地の悪い中古軽トラックにバイクや荷物を満載してあちこち走っていたものだが、今ほどは苦痛を感じなかった。やはり齢を重ね体が弱ってきたり、古傷が痛んだりしているのだろう。ここのところレカロばっかり使っているから落差が激しいというのもあるかもしれない。初日がいきなり100kmのドライブ、あとは往復90kmの通勤で使っているので、このクルマの想定から外れた"用途外使用”なのかもしれないな。

 昨日の帰りにホームセンターに寄ってシートグッズを探してみたが、ピンと来るものがなかったので何も買わず、代わりに100円ショップでA4サイズのクッションケースを買ってきた。ノートPCをカバンの中にしまうときに使うケースだ。これに使い古したバスタオルを2つ、畳んで入れてみた。畳み方を少々工夫して両外側に固いところが出来るようにしてみた。

 今日の出勤から使用してみたが、狙い通りに効果が出た。腰痛がひどくならないだけでなく、圧がかかることで治療効果のようなものも出ている。昔軽トラックで春の四国を放浪していたとき、運転中に脱いだジャンパーを腰の辺りにそのままにして数時間運転していたら腰痛が軽くなったのに気付き、ランバーサポートの重要性を理解した。以来、血圧計のようなポンプのついたランバーサポートを使ったり、最初から調整機能のついているレカロシートを使ったりしてきた。ミゼット2にはレカロシートは装着できそうもない(やってできなくはないんだろうけど、2シーターのままじゃないと魅力半減だし、そもそも借りた車だしな)が、これでなんとかやっていけそうである。タオルの枚数で調整できる分、市販品よりも高性能かもしれない。費用も105円プラス古タオルだけだしな。

 軽トラックに乗るとたいていキャビンの小ささ・狭さにびっくりし、イスを目一杯後方に引いてしまう。すると背中は垂直・尻は最初は後ろだけどアクセルやブレーキを踏んでいるうちにやや前よりになり、骨盤が不安定になって腰痛を誘発するように思う。ランバーサポートは体がエビゾってしまうような気がするし腰がアクセル・ブレーキペダルに近づいてより窮屈になってしまうように感じるけど、やってみると窮屈で困るのは乗り降りの時だけだし、別のクルマかと思うぐらいに腰が楽になる(ワシだけかもな)。

 難点は・・・車内に残しておくとカバンに見えてしまい、車上荒らしの被害に遭いやすくなるかもしれない。あと、100円ショップの店内でこれを腰に当てて考え込んでいると、遠巻きに白い目で見られることがある。

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2007年12月 5日  

ミゼット2の効能

 昨日の復旧作業で疲れが残っていたので早めに帰ることに。飛行機好き・クルマ好きの人妻29歳が横浜方面に用事があるとのことで送っていく。この人妻29歳は昔は相当凄いクルマに乗っていたそうで、並のクルマでは満足しないと思われるが、ミゼット2にはえらく感激していた模様。下ろした後は横浜駅西口周辺を流して帰宅。ミゼット2でエキイチするのが習慣になりつつある。

 そういえば昨日、作業が長引くからと会社の前にミゼット2を持ってきたら、同僚(北海道出身・広末涼子似)が大爆笑。冗談で

「バス乗り場まで送っていこうか」

と言ったら

「どうせなら駅まで♪」

ということで駅までドライブ。次回味噌ラーメンを食べに行く約束までしてしまった。おかげでいままでよりもより円滑にコミュニケートできるようになり、仕事にもいい結果がもたらされるであろう(と、一応まじめな話しに結びつけておく)。悪いことはしていません。

 けっこう凄いクルマに乗っているのに彼女無し、ドライブする金もなし・・・という人を何人か知っているけど、ミゼット2の方がいいんじゃないかなと思った。狭い車内であこがれのあの娘に大接近。ただし乗り心地は良くないぞ。

2007年12月 4日  

月末

 月末作業でトラブル発生。データを見るとどうも末締めの締め日繰越が行われていない様子だ。

 日本語では「末」とか「月末」っていう便利な言葉があって、それで取引先への請求を締め切ったりする。ところがこれがけっこう曖昧な言葉で、20日締はかならず20だけど、末締は31だったり30だったり28だったりして、たまに29だったりもする(閏年は閏年でまた単純に4年に1回とは言い切れないようで、それは以前調べて書いた)。たいていのシステムでは取引先の締日を2桁で管理していて、末締の場合は「31」と登録しておくのが普通だろう。で、11月の末締のパラメータを「31」でやるべきところを「30」で実行してしまい、全データ空振りしてしまったようだ(実際にはもう少し複雑な事情があったが、ここではとりあげないでおく)。

 「30」とか「28」だったらエラーにするという方法も考えて業者さんと相談したけど、30日締という取引先が今後絶対に現れないという保証はないので良くないという結論に。確かに、締日が5日毎ってのは決まりじゃなくて習慣みたいなもんだろうしな。

 しかしこのままではよくない。このトラブルが起きる可能性は何年も前から気付いていて「気をつけるように」とは言っておいたが起きてしまった。今回また「気をつけて」と言ったり、長時間説教したところで(しないけど)次もまた起きる可能性がある。気付いていたのに「気をつけろ」だけで放置してしまったのはワシの責任だ。

 しばし考え、作業チェックリストの日付記入欄に「5・10・15・20・25・31」と選択肢を作りマルで囲む運用に切り替えることにした。今まではそこは「   年   月   日」となっていて、数字は手書きだった。普通の人間だったら11月の月末は「30」と書くのが当たり前だ。そこで「31」と書いて貰うためのチープな工夫である。これで間違いが発生する確率は0とは言わないが減るだろう。

 さらに、繰越を実行したことが確認出来る画面を作成し、そこの数字が0になっていれば作業完了というチェックを入れることにした。これでトラブルが発生してもすぐ気付いてやり直しが出来るようになるはずだ。

 以前だったら「気をつけろ」だの「しっかりしろ」だの「仕方ねえなあ」で終わっていたと思うが、飛行機に再び興味が出てきてパイロットのブログや本を中心にいろいろ見聞きしているうちに、影響を受けて少々やり方が変わってきているのであった。予算が限られているので何千万もかけるのは無理だけど、チープな工夫でも同じ効果は得られるのではないかと思う。

2007年12月 3日  

エキイチ

 ミゼット2での初出勤。軽自動車での高速道路走行は9年ぶり。やや緊張したけど楽しさの方が勝った。

 しかし乗れば乗るほど思うが、並のクルマじゃないな、これ。外観と雰囲気に惹かれて買って後悔した人も相当いるんじゃないだろうか。ハイゼットで四国2、3回と北海道に1回行ったことがあるワシでもビックリする内容だ。出来がいいとか悪いとかじゃなくて、近距離の配達用に徹した割り切り方がとにかく凄い。知らない人が見たら怒るか笑うかのどちらかって感じだ。販売が終了して数年、今乗っている人たちは本当に好きな人たちばかりなんだろうな。

 帰り道、せっかく沼津ナンバーのファンキーなクルマに乗っているので『GT Roman』を思い出してエキイチ(駅前一周)でもしてみるかと思った。適当な駅がないので羽田空港を一周して湾岸線に乗った。

 そうえいば、今朝第三子が朝起きたときの第一声が「ミゼットは~?」だったそうだ。

 同僚からプリンタ購入の相談あり。今時売っているモノはそうそう当たりはずれはないはずで「どれでも大丈夫だよ。好きなの買えば~?」で済ませてもいいのだが、仕事にも役立つことだし、自分の意見が今時の世情と合っているのかを点検するチャンスでもある。チェックを入れてみた。

 家庭でたまに使う程度、年賀状と写真がメインというごく普通の条件。特記事項としては最近ご結婚されたばかりで、今回の年賀状は少々気合いを入れて作成したい様子である。PCは普通に使えるから写真の印刷はダイレクト印刷ではなくPCに保存し加工して印刷できるだろう。今回はC社のA4インクジェットプリンターの中から検討してみた。

 ざっとまとめると

品名 解像度   インク  速さ コスト  大きさ    価格
---------------------------------------------------------------------------------------------
2500 4800dpi 4色(一体) 46秒 18.4円 コンパクト   7,980円(10%還元)
3500 4800dpi 4色(独立) 40秒 13.6円 やや大きい 12,980円(10%還元)
4500 9600dpi 5色(独立) 18秒 14.5円 やや大きい 15,300円(16%還元)

となる。スピードやコストはメーカーのサイトから数字を拾った。インクが複数あって二種類数字が出ているものは安い方を拾ってみた。価格は大手カメラ店の通販サイトを参考にした。

 この中からどれを買うか。同僚は当初一番安い2500を選びそうになっていた。私は3500を勧めた。ランニングコストが一番安いからだ。使用するインクカートリッジを調べてみると、

●2500
 黒 2,210円、カラー 3,150円 → 計5,360円

●3500
 黄・赤・青 各1,050円、黒 1,160円 → 計4,310円

●4500
 黄・赤・青・カラー用黒のセット売 3,870円、黒 1,160円 → 計5,030円

となる。2500はインクだけでなくヘッドも付いているからその分高い(年に一回しか使わず固まってしまった場合にすぐ交換復旧するというメリットもあるけど)し、一色だけなくなっても一式交換しなくてはならないから実際にはもっと高くなるだろう。実際には各色同じようなスピードで減っていくけれど、「青はまだ半分残っている」なんてこともよくあるから、1,000円儲かったような気分になれる。メーカー発表のランニングコスト(標準的な写真やデータを印刷したときのコスト)では3500と4500は0.9円の違いでしかないが、「インク買ってきて」と言われて買い物に行ったときに一つ多くインクを買わなくてはならず、720円高くつく。「こないだ替えたばかりなのにまた5,000円~?」という悲鳴が聞こえてきそうではないか。会社だったら総務に行って「インクちょうだい」で済むが、自分の家では自分で買わなくてはならない。インク売り場で詰替用のインクで大丈夫かと悩んでいる人は非常に多い。ランニングコストというよりも「懐へのインパクト感」とでも言えばいいだろうか、これの実生活への影響は大きいのだ。

 家庭用のプリンター商売は本体を安くしてインクなどの消耗品で儲けるビジネスモデルなので、メーカーとしては4500を売りたいのだろう。ポイント還元率がこの商品だけ高いのがそれを如実に物語っている。上位機種には7色インクなんてのもあるようだ。私はきれいさとスピードはそこそこでいいから、とにかくランニングコストが低いものを選ぶ(実際数年前にこの買い方をした)。

 同僚は結局スピードとCD盤面印刷を重視して4500を選んだようだ。通販よりも店頭の方が高かったらしく、交渉して値切ることに成功したそうだ。確かにスピードは魅力的だしな。インク購入の際の+720円が許容できるなら良い選択だろうな。

2007年12月 2日  

ミゼット2がある日曜日

 子どもたちは以前ミゼット(3輪)に乗せてもらったことがあり、そのことを覚えているようだ。起きて外を見て「お、新しいミゼットがある」と喜んでいる。鍵のしまりが悪かったので内張りを外して点検。なんとか鍵も動くようになった。ロックのツマミが折れていたのでネジ箱の中を物色し、ウェルナットが使えそうだったので装着。反対側の穴にSUSキャップボルトを突っ込んでツマミにした。

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 子どもたちを(一人ずつ)乗せてごく近所を散歩。「二人いっぺんに乗せろ」だの「膝の上に乗るから」だの「これ小学生になったら運転できるか」だのと騒がしかった。クルマというよりはキッズモトクロスバイクやレジャー用バギー車の仲間に見えるようだ。その後食事に出掛けるときも「クルマ2台で行くー」と叫んでいた。

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 夕方から新横浜へ。まずはラーメン博物館へ。日曜夜のラー博って大混雑で全店60分以上待ちのイメージがあったが、iモードでチェックしたら全店待ち時間なしだったので行ってみた。客寄せのために少なめに表示しているのかと思ったら、本当に空いていた。

 まずは第一子の希望で春木屋(東京荻窪ラーメン)へ。ワシはここは約一年ぶり・二回目。なんの変哲もない醤油ラーメンがここまで美味しくなれるのかと、深く感動。「春木屋理論」というのがあるそうで、同じ味を出していると飽きられ、基本の味は変えずに日々進歩してこそ「変わらず美味しい」となるのだそうだ。確かに、変わらず美味しい。

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 二件目は二手に分かれて、ワシは第二子の希望で「ふくちゃん」へ。ラー博に来るたびにふくちゃんには必ず寄っているが“素通りさせない味”なんだから仕方がない。以前感じた妙な塩気の多さもだいぶ和らぎ、美味しく食べられた。けど先日食べた本店のほうがもっともっと美味しかった。

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 ラーメンを食べ終わってからが本題。20時半から第二子の友達がアイスホッケーの決勝戦に出るとのことで見学&応援。そういえばワシは小学生の頃はアイスホッケーをテレビでよく見ていた。あの頃は今よりもいろいろなスポーツをテレビ中継していたような気がする。妙なスターを作り上げようとして混乱を招くよりも、広くいろいろなスポーツを報道・実況して欲しいものだ。

 試合は残念ながら負けてしまったけど、初めてナマで見るアイスホッケーは非常に面白かった。大人が一生懸命子供を教えているのが良く分かった。ワシも自転車やバイクでこうやって情熱的にやっていれば・・・と思ったが、でもワシらには無理だな。まったくの別世界だった。まあ、ワシらはそれでいいのだ。

2007年12月 2日  

一人旅

(2007.12.01.)
 昼は近所のバス系ラーメンでネギ味噌ラーメン。毎回こればっかりだな。次回は別の味にチャレンジだ。

 夕方から沼津へ。第三子と一緒に出発したが、近所のダイエーまで来たところで「これは一人で行ったほうがいいかも」と思い直して迎えに来てもらう。で、一人で私鉄を乗り継いで藤沢へ。藤沢駅の乗り継ぎの券売機ではパスネット(私鉄専用のプリカ)でJRの切符が買えた。そんなこともあるんですな。

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 湘南電車80系風の売店。本物の80系先頭車で現存しているのは3枚窓だけだそうで、このタイプはもうないらしい。日本中に影響を及ぼしたデザインなのに・・・残念だな。

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 電車を待つ間ふと西の方を見ると、夕陽を浴びて輝くレールが美しかった。

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 茅ヶ崎を過ぎるとボックス席が空いた。平塚では快速への乗り継ぎも出来たが、時間に余裕があったのでそのまま鈍行で西へ。東海道線で横浜より西を移動するのってよく考えると相当久しぶりだな。高校時代に下田から帰ってきたのが最後だったか。沼津より西となると小学生時代に「あさかぜ」と「瀬戸」に乗って以来だな。

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 沼津で乗り換えて更に西へ。跨線橋を渡っての乗り換えは普段は面倒だが、今日のような移動だと逆に嬉しい。

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 デリバリーガレージで久しぶりにベンちゃんと対面・・・面がない・・・

 クルマやエンジンを見ながらじっくりと話し込む。ここまで来たら悩んでも仕方がない。まだまだ乗りたい。

 クルマの打ち合わせの後は鉄道関係の話しで盛り上がる。私が鉄道・鉄道模型に興味を持っていたのは昭和50年前後の数年間だったので今とはだいぶ様子が違うが、それでもかなり楽しく、深く話しが出来た。

 更にその後は突発的にネットワーク構築(デスクトップPC4台、ノートPC1台、プリンタ2台)とエクセルの売上伝票印刷ツールの不具合修正。プロの業者さんが作ったエクセルツールは初めて見たが、普段自分がやっている社内向けのツールと良く似た作りだった。当初目標だった1時間とはいかなかったが、約2時間半でなんとか作業終了。役に立てるのが嬉しい。

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 帰りは代車、ミゼット2で箱根越え。私は学生時代に中古のハイゼットに乗ってから荷車生活に目覚めた。その頃のことを思い出しながらの箱根越え。ミゼット2は割と最近(約10年前)のクルマだが、私が乗っていたハイゼット(たぶん25年ぐらい前のもの)よりも設備が退化というか簡略化されている箇所もあり、見た目はファンキーなファッション車だが中身は本気で作った低コスト実用車であることが分かった。平成の時代にこの設備のクルマが製造され販売されたというのはある意味奇跡だと思う。

 ゴルフワゴンなら迷わず箱根新道を通るところだが、今日は旧道の気分だ。ずっと国道1号で行くつもりだったが工事箇所が多くなってきたので途中から134号を経由して帰宅。当分楽しめそうだ。

2007年12月 1日  

小学校のパソコン教室

 小学校の文化祭のようなものがあったので行ってみた。前半と後半に分かれていて、前半は理科室で実験を見たり体験させてもらったり。片栗粉が水の中で固くなったりやわらかくなったりするのが面白かった。糸電話も何十年ぶりかでやったけど、女房と何話していいか分からなくて「あーあー」だけしか言えなかった。

 後半はパソコン教室でアニメーション作りをやっていたので覗いてみた。生徒数が急増したため校庭に増築したプレハブ校舎の二階、壁に沿ってぐるりと机が並び、そこにWindowsXPのノートPCが2、30台置いてあって、子どもたちが楽しそうにアニメを作っている。ワシは20年以上PCやらなにやらやっているけど、自分でアニメを動かした経験はない。凄いもんだなと素直に思った。

 クライアントPCは制限ユーザー権限だったようでマイコンピュータすら見られなかったが、表示されているランチャーを見てみたら予想通り“阿波徳島”製で、「ワープロ」というアイコンをクリックしたら懐かしい“男の子”が出てきた。一般のビジネスシーンではほとんど見かけなくなってしまったが、こんなところで元気にしていたのか。

 何台か「練習用」と書かれたWindows98のノートPCがあったがネットワークにはつながっておらず、誰も使っていなかった。先生用のPCもWindows98で、こちらはネットワークにつながっている。先生が長い時間席を外していて、その間なにかあってはいけないと思い(ここ大事)コマンドプロンプトを開いて設定を見たりテストをしてみたが、その時点ではインターネットにはつながっていない様子だった。

 数年前の同じ学校のパソコン教室は、円形の机に5台ぐらいのPCがあって後ろから先生が教えている・・・というような雰囲気だった。たぶんワープロを打ってみるぐらいしか出来なかったのではないだろうか。以前第一子に聞いてみたことがあるが「壊れると困るからあまり触るな」って言われていたようだ。その頃のことが大昔のように思えてしまうこの光景だが、パソコンに慣れるという点では非常に良いと思うし、将来プレゼン用の資料作りをするときなどにこういった経験はきっと生きるのだろう。けど、何かが物足りない。児童用に作られたソフトを上手に使いこなすことと、インターネットを経験してみることしかやっていないんじゃないだろうか。

 これはゲームで例えると、「ソフトを買ってきてキャラとストーリーを作って面をクリアすること」と大差ない。ゲームをやるのにはビデオ端子付きのテレビを用意したり、端子とケーブルの色を正しく揃えて接続したらリモコンで入力系統を選択したりといろいろやることがある。たいていの子どもたちはこういったことは苦手ではなく、苦手でもゲームをやりたいために克服してしまう。そして、「片付けろ」と怒られるときれいに片付ける。

 おそらく業者が構築したネットワークにつながり、パソコンのスイッチを入れればいつもの画面になり、クラスと出席番号を入れれば前回の続きができるようになっているのだろう。それはそれで素晴らしいことだけど、たとえばそのPCをたまには自分たちの教室まで持ってきて、各グループのところにハブを置いてLANをつないでインターネットにつないでみる・・・とか、つながったら席がえをしてみるとかしてみてはどうだろう。知っている人が噛み砕いて教えれば、子どもにとってはそれは「コンセントを挿す」「テレビとゲーム機をつなぐこと」と同じぐらい簡単なことだと思う。そういうことを経験していないとセキュリティのことなんて説明してもまったく想像がつかず、単語の暗記ごっこになってしまうんじゃないかな。

 今はパソコンそのものが主題・目的になっている小学校のパソコン教室だが、おそらく数年後にはアニメーション作成ソフトは図工の授業で、インターネットは社会や理科の授業で使われるただのツールになるだろう。その時にパソコン教室はどうなっているだろうか。ただコンセントが沢山ある部屋でしかなくなるのか、それともユーザー側ではないエンジニアやプログラマーの卵が生まれるきっかけとなり、夢を与える部屋になるのか・・・どちらだろうか。

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