メルセデス・ベンツのトランスポーター その1


●出会い

 1990年11月、塾教師をしつつ某オフロードバイクショップで働きたくてたまらなかった私は、全員参加の社員旅行をぶっちぎって、そのショップの常連とオーナーが走りに行くという走行会に参加した。場所は富士山。まだのどかな時代で、登山者と「こんにちは〜」なんて声を掛け合って、バイクと足という違いはあっても同じ自然を共有する喜びを分かち合っていた・・・。

 集合場所のペンションには早朝まだ暗いうち(ペンションに泊まる金がなかった)に到着してしまい、ペンション前の道路にクルマを置いて、中で毛布に包まって夜が明けるのを待つ。「バーン!バーン!・・・ヴォヴォヴォ・・・ヴォアー、ヴォォア、ヴォォォォーーーーン」ガソリンを入れに行くのだろうか、それともコンビニに買い物に行くのだろうか、KTMが一台、駆けていった。

 寒さを我慢しながら、クルマを降りる。ペンションの駐車場には数台のトランポがとまっている。普段ならクルマの中のバイクだけに注目するところだが、その日は違った。ハイエースやキャラバンとは違う雰囲気を発しているクルマが一台いる!後ろ姿なのに明らかに違う!近づいてみる。大きな二枚のリアウィンドウ。観音開きのリアドア。なんてクルマだろう。無意識のうちに手がかりになるものを探している・・・「MERCEDES-BENZ」?!・・・ベンツだ、これ・・・。すぐに前に回って、顔を見てみる。ストンと落ちるようなラインの大きなフロントウィンドウの前に、短いが確実に存在するボンネット。オフロードバイク雑誌に載るわずかな海外レースの情報の中の、さらにわずかなピット情報の中で見たことがあるような気がする・・・。運転席側のドアの窓から運転席を覗く。余計なものが何もない“仕事場”にあふれる雰囲気はまさにドイツだ。クルマに戻り、「ベンツのトランポがいるぞ」と友人に声をかける。クルマにまったく興味のない友人が、「えぇ!、ホント?」とクルマを降りて見に行く。それほどインパクトが強かった。アウトバーンの国の生まれだから、きっとこの図体で百四 、五十キロ出してぶっとんでいくんだろうなー・・・などと思いながら眺めていた(後日これはとんでもない間違いだと分かった)。

 写真を数枚撮った。そのあとはバイクに神経が集中し、クルマのことはあまり考えなかった。しかしライディングの興奮が冷めた頃からまたベンツのトランポに対する意識は盛り返し、写真の現像が終わった頃から本気になってきた。

 何日か経って、意を決してYナセに向かう。といってもカタログをもらいに行くだけなのだが・・・。最初に行った店では乗用車しか扱っていないとのことで、中華街の門のすぐ横の店に行ってほしいと言われた。寒さも気にせず、中華街までホンダ・ゴリラのアクセルを開ける。「すみません。ベンツのバンのカタログありますか」と聞く私に、お姉ちゃんは「このタイプですか」と手を私の後ろにさしながら言う。振り返ってみると、ピカピカのステーションワゴンが置いてある。「いや・・・これじゃなくて、ハイエースみたいな奴が・・・」というと、それはYナセではなくメルセデスベンツジャパン扱いになるとのことだった。「こちらではいかがでしょうか」と聞かれたが「これじゃバイク積めないから・・・」と断って、店を出た。 「あーあ、あんなクルマに乗るのは夢のまた夢なのかなあ」自分の身の程を思い出し、あきらめようと思いながら走っていると、途中の交差点でベンツの救急車が信号待ちしているのに出くわす。強烈な顔。「これだよ、これ。」・・・どこで売っているんだろう・・・


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