メルセデス・ベンツのトランスポーター その4


●納車

 クリスマス・イブ。電車に乗ってベンツを取りに行く。あいにくの雨だったが、あまり気にならなかった。ようやくクルマが手元に来る、という安心と、あんなでかいクルマを本当に取り回したり維持したりできるのだろうか、という不安が入り乱れる。

 担当の営業マンに案内されて、屋上の駐車場に行く。すぐに真っ白な巨体が見つかった。近づいていくと、運転席の後ろに見覚えのある模様が・・・あれは俺の名前だ!漢字で名前が書いてある!!しかもフルネームで!!!。なんだこりゃー。小学生が自転車買ったのとは訳が違うんだぞ・・・「ああ、それはワックスで消えますから」と言われ、騒いでも仕方がないので黙っていたがまだこれは序の口であった。

 気を取り直し、ドアを開け運転席に座る。簡単な説明を受け、一段落すると担当営業マンは助手席でたばこを取り出し、なんの断りもなく火を付け!、なんとベンツの灰皿をなんの断りもなく引っ張り出して灰を捨てた!!

 今から思えば、「何てことするんだ。これはキャンセルだ。新しいクルマ持ってこい」ぐらいに騒いで、せめて新品の灰皿と取り替えさせてもよかったと思うのだが、「どうせ家族が乗ればたばこは吸うし灰皿も使うし・・・」と、まだ若かった私は我慢してしまった。私にとっては一大決心をして数十年に一度の大きな買い物のつもりだったのだが、彼にとってはただのボンボンにしか映らず、精一杯の嫌味だったのかもしれない。

 「あとでデザインをするでしょうから、Fそうのステッカーと車庫証明のステッカーは車検証のケースに入れておきます」って、新車に漢字で名前書いといて言うセリフかー!!と思ったが、確かにステッカーを貼ってないのはありがたいので「助かります」などと答える。もうすべてが面倒になってしまった。

 M菱Fそうはやはり自動車屋ではなくトラック屋だと確信した。従業員は悪い人たちではないし、みな頑張っているのだろうが、所詮個人相手のクルマ屋さんではないのだ。仕事用のクルマを会社相手にしか売ったことのない人たちが、自家用車をうまく売れるわけがないのだ。バイクを積んで遊びに行こうなんて使い方を考えている若い男とうまく付き合えるわけがないのだ。M菱のトラックを売ることに精一杯で、みんなベンツどころじゃないのだ(これは担当さんがはっきり私に言ったセリフだ)。

 気を取り直してM菱ふそうを後にする。昨日まで乗っていた軽バンとはぜんぜん違う車格に改めて驚き、慣れない左手でのウインカー操作に戸惑いながらびくびくと車線変更をする。運転席のすぐ後ろにパーテーションがあるので、背もたれはほとんど垂直状態だ。家までの約一時間、あまりの緊張にラジオもつけられなかった。家に着くと、激しくなった雨のなかで、ピカールを使って一生懸命名前を消した。

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