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2006年09月25日

レクサス

 レクサス苦戦しているようですな。クルマとしてはこの手のクルマにはほとんど興味がないので気にしていないが、ブランド戦略としてはなかなか興味深く、たまに思い出しては成り行きを見守っている。巷ではBMWやベンツがライバルで、それに苦戦しているという解説が多い。「ベンツやBMWなんかより国産の方がよっぽどいいのに、日本人はブランドが好きだから」という意見もよく聞く。けど、ちょっと違うように感じる。

 レクサスの記事が新聞や雑誌に載ると、車種の後ろに(旧ハリアー)とか(旧アルテッツァ)などと表示されることが多い。同じクルマがトヨタでは安く売っている(いた)ことがバレバレなわけで、賢い消費者はそっちを選んでいたのではないだろうか。「ベンツにしようか、トヨタにしようか」と浮ついている層のうち半分がベンツを選び、もう半分はトヨタを選んでいたのだろう。レクサスで扱うクルマは順次トヨタでの扱いを終了しているようだから、レクサスの販売台数は今後増えていくだろう。けれども、それだけではトヨタの販売台数がレクサスに移行するだけで、対ベンツ・対BMWという戦いはまた別の所での戦いになるのではないかな。

 セルシオの後継も今月発売だそうで、トヨタのサイトからはセルシオの文字が消えた。仕事仲間に元トヨタのディーラー営業経験者がいるが、セルシオの売り方は普通のクルマとはまったく違うそうで、「買ってくれるところに売りに行く」のだそうだ。クルマ雑誌では「ベンツS対BMW7対セルシオ」なんて乗り比べをよくやっているけど、そんなのを読んで本当にセルシオか7かSかを悩んで買う人はごくわずかで、実際に買うのはそのイメージやスピリットを引き継いでいる(と思い込んでいる)マークXとか3とかCなのかもしれない。Sか7かセルシオか・・・と悩んでいたごく一部の個人ユーザーはレクサスに取り込めるかもしれないけれど、今までセルシオを買っていた層の中で中心となるあたりが、なじみのトヨタのセールスマンから「うちではもうセルシオ扱えないんです」と言われて制服や作業服を背広に着替えてレクサス店に出向くだろうか。次期クラウン(1グレードアップ)がそこそこ良い出来だったら面白い戦いになりそうだな(そんなの出るのかどうか知らないけれど)。

 「安くて故障の少ない商用車」というイメージで売れている国・地域で、高級外車と本気でぶつかるための戦略としてはレクサスは最適だったのだろう。でも、日本はトヨタの本拠地で、トヨタ=日本一・世界一のクルマ屋さんということはみんな知っている。セルシオもビッツもハイエースも宅急便のトラックも全部トヨタだって知っている。だからそこで新しいブランドを作っても、みんな中身で考えているし、不景気だから安い方(トヨタブランド)を選んじゃう。レクサスの敵はベンツでもBMWでもなく、そして日本人のブランド信仰でもなく、母体のトヨタだったのではないか。もちろんワシでも気付くぐらいのことなので、偉い人たちはもっと前からいろいろ考えて、イケると判断してGoを出しているんだろう。けれども、後手後手で一生懸命つじつまを合わせているような状態にも見えてしまうのだ。

 もし本当にセルシオ対次期クラウン(1グレードアップ)が本気の戦いになってきたら、次にやるのは色制限かな。「トヨタ店ではシルバーと黒と白は選べません」これは効くだろうな。

2006年09月23日

バイク整備

 昨日の映画に影響されたって訳ではないのだが、そろそろ走りに行くチャンスもありそうなので久しぶりにバイクを引っ張り出して整備してみる。メインの作業はハンドガードの交換だ。前に転倒したときに、ブッシュガードとブレーキレバーの間に指が引っかかって骨折してしまったことがある。あの後ブッシュガードを止めてハンドガードに変えようと思っていたのだが、延び延びでダマシダマシ乗ったり乗らなかったりしているうちに2年近くも経ってしまった。

 装着するハンドガードはACERBISの新型(でもないか)UNIKO。まずは第一子のYZから。ざっと説明だけして自分でやらせてみる。取り付けは簡単、非常に格好良い。じゃあ俺もってことで自分のLC4に向かい、まずはブッシュガードを外して、それからパッパと取り付ける。LC4には集中スイッチがついたままなので装着できるかどうかが心配だったが、レバーを少し内側にずらすだけで大丈夫だった。もともとレバーは転倒対策として内側に追い込みたかったからちょうどよい。

 「さあ付いた」・・・と跨ってハンドルやレバーに手を掛けてみる。1989の250に乗っていた頃の感覚がよみがえる。今でもLC4を好んで乗るのはLC4自体が好きなこともあるが、どことなく1989の250の乗り味が残っているのも大事な理由なのだ。

 「よしよし、いい感じだ」とマシンを降りてセンタースタンドをかけ、前から眺めてみる。すると・・・格好悪い!! 深く考えずにKTMオレンジのハンドガードを購入したのだが、1997の薄いオレンジとはまったく合わないのだ。横で見ていた第一子も「格好悪い」とつぶやいている。失敗だ。とりあえず今回は装着テストということにし、次回走行までには黒か銀のものに取り替えることにしよう。あとはエアクリーナーを洗浄したり各所に注油したり。

 夕方からは大型バイク用品店に買い物に行くなど、午後は久しぶりにライダーらしい生活をした。まだ走ったわけではないが、バイクの準備的にも心の準備的にもこれぐらいがちょうどいい。

 夕食は長崎ちゃんぽん「R」。メニューを見ているときにはレタス入りのチャーハンが付いてくるセットに惹かれたが、座った席から調理場を見ると真正面にコンクリートミキサーのようなチャーハン製造機が見えた。見ているうちに、さっきまであったチャーハンを食べたい気持ちは消えてしまったのであった。

2006年09月22日

DUST TO GLORY

 月のうちで2番目に忙しい日であるが、朝からハイペースで仕事を片付けてDUST TO GLORYを見に行く。映画館で大人向けの映画を見るのは物凄く久しぶり・・・たしかYMO散開の時のPROPAGANDAを新宿コマ劇場で見たのが最後だったから、22年ぐらい経っているのかな。コマ劇場って映画館って呼んでいいのだろうか。

 ***以下は多少ネタバレの要素を含んでいるので、「これから観る」って人は読まないほうがいいかもしれない***

 ***ここから***

 映画は期待通りかそれ以上の内容。BAJAっていうとXR600 Vs KX500ってイメージだったけど、今じゃXR650なんだな。ライダーもバイクも知らない世代に移っていたが、マルコム・スミスとかラリー・ロスラーとかサル・フィッシュとかリック・ジョンソンなど雑誌で知った顔が映ったときはなぜか嬉しかった。ロスラーは昔目の前で見たことがある。自分よりも小さい感じでびっくりしたが、スクリーンの向こうではとても大きく、偉大に見えた。

 暗闇の中のゴールシーン、ゆがんだヘッドライトを見てグッと来た。久しぶりだよ、こういう気持ちは。

 クラス11のVWビートルにも震えたな。フツーの人間だったら「今のクルマの方がよっぽど性能がいい」とか「楽に走れる」とかなんとか言うんだろうけど、あのクラスの奴らはノーマルのVWで走ることが当たり前で、世間の常識を何度唱えても無駄なんだろうな。「ビートルで走るBAJAが好きなんだ」・・・シンプルでサイコーだ。

 ***ここまで***

 映画の後は晩飯代わりに軽く手羽先でも・・・と思ったら満員で入れなかった。仕方なく近くの選挙型ラーメンIRへ。前にも書いたが、博多ラーメンとして食べると物足りなさでいっぱいになるが、高級創作料理として食べるとなかなか美味しい。ゆで卵を食べようかなと思っていたが、ここの店では机に写真が貼ってあるだけで、現物が出てこなくて頼みそびれてしまった。この店だけかな、それともシステムが変わったのだろうか。

2006年08月24日

グリルのデザイン

 普段乗っているクルマは運転席が高い位置にあり、背を正して運転しているとルームミラーが目線のやや下あたりになる。信号待ちなどでルームミラーを見ると、後ろの車のグリルがよく見える。

 ある日のこと、後ろに止まった車のグリルがなかなか凄みのあるデザインだった。

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「あれ何? 前のZかな」と思いつつ、視線をずらして様子を見てみると・・・

正体はこのクルマだった

 妙なデザインで可愛いんだけど、それだけじゃなくてなにかどこか惹かれるな・・・とは思っていたが、この辺が理由だったのかな。

2006年08月06日

12時間エンデューロ

 今年は見物のつもりだったが急遽助っ人として出場することに。普通助っ人というと腕とか力とかを見込まれて呼ばれるのだが、今回の場合は長丁場のレースで一人少なくなると大変だから頭数が大事なのだ。

 花火がキレイだよってことでOL二人を連れて行くことになっていたので、ワシは昼過ぎに到着。午後二回ほど走らせてもらった。自分のバイクではないし10分以上ライディングするのもほぼ一年ぶりという状態だが、体が覚えているようでそこそこに走れる。速くはないけどな。

 最初は2002年のKTM200を貸してもらった。昔乗っていた1989の250や1996の125とはぜんぜん違う乗り味。モンド・モトの市川さんから「200はトラクションを掛けるのが難しい」と聞いたことがあるが、これのことかなと思った。リズムをつかむべく軽く開け閉めして走っているつもりだが、ピョンピョンとんだりはねたりしてしまう。加えて、つれてきたOLがコース脇にいるといつの間にか右手が開いてしまうようで、余計コケそうになる。別に格好いいところを見せようとしているわけじゃないんだけど、誰かが見ていると右手をひねってしまうのはダートライダーの本能なのだろうと思う。

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2006年07月13日

プリウス

 会社のプリウスを運転する機会があった。5分ごとの燃費グラフが表示されたり、モーターとエンジンの関係や瞬間燃費がリアルタイムで表示されて面白い。あのモニターを見ているとアクセルを踏むことが悪であるような気分になってくる。後続車がいない下り坂では滑走(マニアは滑空と呼ぶらしい)をして燃料消費を防いでみた。リッター10km程度の踏み具合で加速して、同じ距離程度を滑空すればリッター20kmぐらいはすぐにマークできる模様。

 プリウス連動の万歩計とか自転車(サイクルメーター付き)を売り出して、プリウスに乗らずに歩いたり自転車で用を済ませた分もグラフに反映されると喜ぶ人もいる・・・のかな。

2006年07月03日

ファルコラスティコ

 1ヶ月ほど前、モータージャーナリストのHさんとファミレスでバイク談義をしていた。古いKTMのタンクの件がメインだったが、そのときの参考資料としてHさんが持ってきた1985年東京モーターショーの特集雑誌(昔うちにもあったような覚えがある)が懐かしかった。

 表紙を見て「あー、ファルコラスティコ・・・懐かしい」と言ったら、「スラスラっと出てきますね」と言われた。「古いことばかり覚えていて新しいことはちっとも覚えられないんです」というと、コップに水があふれた状態なんだそうだ。新しい水はこぼれてしまい、古い水がコップの中にとどまっているのだとか。さすがHさんの分析である。

 で、後日もう少し調べてみたら、なんとファルコラスティコの開発シーンや開発秘話が載っているサイトがあった。

http://www.marga-hills.com/falco.html

 もっと未来のことをイメージして作ったのだと思っていたが、読んでみると「1985年に10年後の未来をイメージして」とのことだ。それから更に10年以上。ちょうど私がオートバイに本格的に乗り始めた頃のコンセプトモデルである。現実のオートバイも私も、あの頃の「未来」にはいまだ追いつけずにいるようだ。

2006年06月10日

洗車

 来週はオフ会を予定しているので、たまには洗車してみる。このクルマに乗ってもう14年半になるが、ちゃんとした洗車は数回しかやったことがない。

 ドリルにスポンジをつけてポリッシュ。ふと思い立って、ずっと中途半端だった左側面のKTMバンステッカーをはがした。肝心な「KTM」の文字を貼るのに失敗して早々にダメになってしまい、あとはずっと「MOTORCYCLES」とマークだけが残っていた。タバコの広告が禁止になり始めた頃のGPマシンみたいだったな。前に楕円のバンステッカーをはがしたときはガソリンまみれになって大変だったが、今回はパーツクリーナーを使い割と楽にはがせた。でも最後の方はちょっとクラクラしてきたな。

 白いカッティングシートで隠していた側面前方の車椅子ステッカーもはがした。これはものすごく強力でステッカー剥がしはまったく効かず、鉄の爪でチョコチョコ削り取るしかなかった。「剥がすときのこと考えればいいのに」などと言われることもたびたびあったが、もともとは回復の見込みがない病にかかった母親の介護をするためのクルマだった。「車椅子ステッカーが不要になる時」は「母親が死ぬ時」と同じ意味である。あえてボディに直接、がっしりと貼り付けたのだった。前後にまだ2枚残っている。今年中には剥がそうと思う。

 子供たちにも手伝ってもらいながら、4分の3位終わったところで雨が降ってきてしまい、終了とする。明日も雨らしい。全部はきれいにならなかったが、まあいいか。

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