【ダートライディング】のブログ記事

2007年3月11日  

2時間だけ遊ぶ

 土日にまとまった時間を取る事が難しくなってきているので、2,3時間程度で軽く楽しめる趣味にシフトしているところだ。本当はオフロードバイクに乗ってあちこち走りたい。旅もしたい。でもワシがしたいそういうことは2時間ちょっとでは無理だからな。今ワシに出来ることは、再び時間が取れるようになったときにすぐにまた乗れるよう準備しておくぐらいだろう。

 2時間程度で遊べるっていう見方で考えると、ハーレーに乗ってコーヒー飲みに行くなんてのがとても楽しそうで素敵に思える。今までオフロードが好きか嫌いかとか走破性だとか走り応えといった観点ばかり考えてきたけど、育児や家族生活の隙間でちょっとだけ自分の時間を楽しむにはオフロードはちょっと負担が大きすぎる。自転車でもダウンヒルが下火になり、MTBも下火になり、ロードが多くなってきているのはこういう理由もあるんじゃないかな。2時間ではスポーツを楽しむどころか、フィールドにたどり着くことすら無理そうだしな。

2006年10月 8日  

1980年代のKTM広告

 ひそかにコレクションしていた、トシ・ニシヤマの広告の一部を公開。カタログデータ集をアップしたときは画像やデータの無断使用が多く、残念な気分になることが多かった。なので今回は画像に当サイトのロゴを入れさせてもらった。

 トシ・ニシヤマの雑誌広告が気になりだしたのは1984年頃からだ。当時仲が良かった友人とは写真や旅行やオートバイなど、いろんなことで行動を共にしていた。そんな彼が読んでいた本の中に、丸山健二氏の「私だけの安曇野」があった。やがて丸山健二氏がKTMに乗っていることを知り、そのつながりでトシ・ニシヤマ氏のことを知った。「メッセージ」とか「爆走、オデッセイ」とか「さらば、山のカモメよ」などで、トシ・ニシヤマ氏のことをたびたび読んだ。

 当時は弟と二人でバイク雑誌を手分けして買い、読んでいた。たしかライディングスポーツ誌が創刊間もない頃だったと思う。まだオフロード雑誌はなく、ロードレースが大部分でたまにモトクロスとトライアルの記事が載る程度。そんな中でハイパワーの大排気量オフロードバイクが静かに写っているだけの広告は、独特の存在感を漂わせていた。一見ただの外車専門店のようだが、しかし丸山健二氏の著作のおかげでどういうレースを走るバイクかは知っているつもりだった。当初は外国製オフロードバイク専門店だったが、やがてKTM中心の雰囲気を強くしていった。毎年外国で開催されるオフロードのオリンピック「ISDE」(国際6日間耐久レース)や、それを目指して苫小牧で開催された日本初の本格的エンデューロ「ITDE」(国際2日間耐久レース)、また南米ペルーで行われたインカラリーなどの記事は雑誌には載らなかったり、または載ったとしてもほんのわずかで、トシ・ニシヤマの広告の中の写真や文字は貴重な情報源だった。後にガルル誌やバックオフ誌が創刊され買うようになったが、表紙の次に見るのは特集記事ではなくトシ・ニシヤマの広告だった。

 自分用として保存しておいたものなので保存状態は良くないし、中には破りとったようなページもあるが、今こうして並べてみると自分用としてだけ保存しておくのはあまりにもったいないと思い、公開することにした。トシ・ニシヤマ氏には連絡を取り承諾をいただいた。「いろいろ好きに作っていたから、今見ると面白いかもしれないね」とのことだ。

 最近のKTMのコピーに「君の手で確かめてくれ」というのがあった。その20年以上前、トシ・ニシヤマは自分の手で"6日間"確かめて、日本のライダーに紹介していた。

1980年代のKTM広告コレクション

2006年10月 1日  

雨のダート

 久しぶりにダートへ。第一子と第二子が同行。二人とも走る気になっている。

 現地に着くが久しぶりのライディングなので準備に手間取る。特に第二子のXRはガソリンタンクを洗浄した後の初走行で、燃料コックの調子が悪く、直しているうちに雨がひどくなってしまい走れなかった。まあ長くやっているとこういうことも何度かある。「今回はごめんね。また次回かならず楽しめるようにするから」と話し、第一子とちょっとだけ走行。まだまだ先は長いのだ。無理に乗せる必要はないのである。

 雨の中を走るのは久しぶりだ。雨が大好きというわけではないのだが、雨の中がんばっていたあの頃を思い出せるのが嬉しい。ずぶ濡れになりながらも幸せな十数分であった。

2006年9月30日  

レゴラリータ

  前から温めていたアイディアをそろそろやってみようかと思い、トシさんに連絡をする。相変わらず元気そうで一安心。本題についてはOKを頂き、あとは軽く雑談。前にBIGTANK誌に出ていたコラムの話題になり「感動しましたよ」と伝えるとまだ読んでいないとのことで、FAXを送る約束をする。そのままでは読みにくいかなと思い、20分ほどがんばってエディタで打ち、印刷したものも一緒にFAXした。

2006年9月23日  

バイク整備

 昨日の映画に影響されたって訳ではないのだが、そろそろ走りに行くチャンスもありそうなので久しぶりにバイクを引っ張り出して整備してみる。メインの作業はハンドガードの交換だ。前に転倒したときに、ブッシュガードとブレーキレバーの間に指が引っかかって骨折してしまったことがある。あの後ブッシュガードを止めてハンドガードに変えようと思っていたのだが、延び延びでダマシダマシ乗ったり乗らなかったりしているうちに2年近くも経ってしまった。

 装着するハンドガードはACERBISの新型(でもないか)UNIKO。まずは第一子のYZから。ざっと説明だけして自分でやらせてみる。取り付けは簡単、非常に格好良い。じゃあ俺もってことで自分のLC4に向かい、まずはブッシュガードを外して、それからパッパと取り付ける。LC4には集中スイッチがついたままなので装着できるかどうかが心配だったが、レバーを少し内側にずらすだけで大丈夫だった。もともとレバーは転倒対策として内側に追い込みたかったからちょうどよい。

 「さあ付いた」・・・と跨ってハンドルやレバーに手を掛けてみる。1989の250に乗っていた頃の感覚がよみがえる。今でもLC4を好んで乗るのはLC4自体が好きなこともあるが、どことなく1989の250の乗り味が残っているのも大事な理由なのだ。

 「よしよし、いい感じだ」とマシンを降りてセンタースタンドをかけ、前から眺めてみる。すると・・・格好悪い!! 深く考えずにKTMオレンジのハンドガードを購入したのだが、1997の薄いオレンジとはまったく合わないのだ。横で見ていた第一子も「格好悪い」とつぶやいている。失敗だ。とりあえず今回は装着テストということにし、次回走行までには黒か銀のものに取り替えることにしよう。あとはエアクリーナーを洗浄したり各所に注油したり。

 夕方からは大型バイク用品店に買い物に行くなど、午後は久しぶりにライダーらしい生活をした。まだ走ったわけではないが、バイクの準備的にも心の準備的にもこれぐらいがちょうどいい。

 夕食は長崎ちゃんぽん「R」。メニューを見ているときにはレタス入りのチャーハンが付いてくるセットに惹かれたが、座った席から調理場を見ると真正面にコンクリートミキサーのようなチャーハン製造機が見えた。見ているうちに、さっきまであったチャーハンを食べたい気持ちは消えてしまったのであった。

2006年9月22日  

DUST TO GLORY

 月のうちで2番目に忙しい日であるが、朝からハイペースで仕事を片付けてDUST TO GLORYを見に行く。映画館で大人向けの映画を見るのは物凄く久しぶり・・・たしかYMO散開の時のPROPAGANDAを新宿コマ劇場で見たのが最後だったから、22年ぐらい経っているのかな。コマ劇場って映画館って呼んでいいのだろうか。

 ***以下は多少ネタバレの要素を含んでいるので、「これから観る」って人は読まないほうがいいかもしれない***

 ***ここから***

 映画は期待通りかそれ以上の内容。BAJAっていうとXR600 Vs KX500ってイメージだったけど、今じゃXR650なんだな。ライダーもバイクも知らない世代に移っていたが、マルコム・スミスとかラリー・ロスラーとかサル・フィッシュとかリック・ジョンソンなど雑誌で知った顔が映ったときはなぜか嬉しかった。ロスラーは昔目の前で見たことがある。自分よりも小さい感じでびっくりしたが、スクリーンの向こうではとても大きく、偉大に見えた。

 暗闇の中のゴールシーン、ゆがんだヘッドライトを見てグッと来た。久しぶりだよ、こういう気持ちは。

 クラス11のVWビートルにも震えたな。フツーの人間だったら「今のクルマの方がよっぽど性能がいい」とか「楽に走れる」とかなんとか言うんだろうけど、あのクラスの奴らはノーマルのVWで走ることが当たり前で、世間の常識を何度唱えても無駄なんだろうな。「ビートルで走るBAJAが好きなんだ」・・・シンプルでサイコーだ。

 ***ここまで***

 映画の後は晩飯代わりに軽く手羽先でも・・・と思ったら満員で入れなかった。仕方なく近くの選挙型ラーメンIRへ。前にも書いたが、博多ラーメンとして食べると物足りなさでいっぱいになるが、高級創作料理として食べるとなかなか美味しい。ゆで卵を食べようかなと思っていたが、ここの店では机に写真が貼ってあるだけで、現物が出てこなくて頼みそびれてしまった。この店だけかな、それともシステムが変わったのだろうか。

2006年8月 6日  

12時間エンデューロ

 今年は見物のつもりだったが急遽助っ人として出場することに。普通助っ人というと腕とか力とかを見込まれて呼ばれるのだが、今回の場合は長丁場のレースで一人少なくなると大変だから頭数が大事なのだ。

 花火がキレイだよってことでOL二人を連れて行くことになっていたので、ワシは昼過ぎに到着。午後二回ほど走らせてもらった。自分のバイクではないし10分以上ライディングするのもほぼ一年ぶりという状態だが、体が覚えているようでそこそこに走れる。速くはないけどな。

 最初は2002年のKTM200を貸してもらった。昔乗っていた1989の250や1996の125とはぜんぜん違う乗り味。モンド・モトの市川さんから「200はトラクションを掛けるのが難しい」と聞いたことがあるが、これのことかなと思った。リズムをつかむべく軽く開け閉めして走っているつもりだが、ピョンピョンとんだりはねたりしてしまう。加えて、つれてきたOLがコース脇にいるといつの間にか右手が開いてしまうようで、余計コケそうになる。別に格好いいところを見せようとしているわけじゃないんだけど、誰かが見ていると右手をひねってしまうのはダートライダーの本能なのだろうと思う。

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2006年5月25日  

Red Bull

 まだ見かけないんだけど、国内でも売られているらしい。最初に知ったのは1989年の日高エンデューロだった。キニガドナー選手のスポンサーだったようで、写真を撮られるときは手に持ったり飲んだりしていたのを思い出す。

 先日のSUGO 2Daysでは2輪メーカーの日本法人とタイアップしてライダーに配ったらしい。そのバイクの以前の輸入元は日高のパルクフェルメで部品を配っていた(配るというと大げさだが、「キューマルのパッドありますか」「はいよ、頑張れ」「ありがとうございます」・・・こんな感じだった)。今じゃドリンク剤を配るようになったか・・・凄く立派になったなあ(笑)。でもそれだけでいいのかな・・・いいんだろうな。

 今年は初めてISDEにトロフィーチームが出場する。いつの日か日本でも Six Days が開かれるのかもしれない。そのときもドリンクをたくさん配って欲しいな。

           
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