【クルマ・バイク】のブログ記事

2007年2月 8日  

一気走り

 一気走り(バイクやクルマで、数百kmからそれ以上を一気に走る)が好きで若い頃から何度もやっている。今はそれなりに休憩を取ったり途中でのんびりと楽しんだりしながら走っているが、若い頃は飯も食わず寝るのも忘れて走っていたものだ。

 しかし、昨日から今日にかけてニュースで報じられたアメリカの宇宙飛行士(ミッションスペシャリスト)には参った。1500kmを一気走りし、トイレに行かなくても済むように宇宙飛行用のオムツをつけていたというではないか。そこまで一気走りを追求しようとは思わなかったし、そんな方法があるとは思いも及ばなかった。せいぜい水気を取るのを控えたり、コーヒーを飲まないぐらいしか考えていなかったな。子どものトイレが間に合わなくてペットボトルにさせたことは何度かあるけどな。

2007年2月 7日  

軽トラ・軽バン

 外で作業があり、夕方に会社の軽バンで外出。エアコンもパワステもなしでラジオも壊れていて、3速しかないATはガックンガックン振動が来るけれど、乗っているとなぜか落ち着く。自分のトランポライフが4万円で買った550ccの軽トラック・ダイハツハイゼットからスタートしたからだろうな。その後550ccの乗用バン・ホンダアクティストリートが家のクルマになったりもしたので、軽トラ・軽バンとのつきあいは深いのだ。

 限られたスペースの中で最大限に荷室スペースを取り、かつ最低限の乗員空間を確保している軽トラックや軽バンの機能美はもの凄いものがある、と思っている。特に排気量が550ccから660ccになる前後あたりは究極の姿だと思う(もちろん衝突安全性なんかは今の方が数段上だろうけど)。

 ハイゼットのジャンボは軽トラックなのに運転席の後ろにスペースが若干あり、リクライニングも出来るようになっている。しかも当時はスーパーチャージャー付きのモデルがあり、一度山道で追いかけたことがあったがブッちぎられてしまった(こっちはNAのハイゼットだった)。あれにレカロシートつけて乗るのに憧れていたこともあったなあ。

 今日はついにAMGメルセデスのタクシーを見た。横浜新道の照明が少ないところで抜かれ、びっくりして追いかけてしまった。下りる出口を通り過ぎて、次の出口まで行ってしまったよ。勢いあまって追い抜いてしまった。

2007年1月17日  

マフラー

 オートバイの騒音規制が厳しくなるかもしれないとのこと。最近は250ccのスクーターに音の大きなマフラーを付けている奴が多いけど、それの影響なのかな。

 この20年ちょっとの間に十数台のバイクやクルマに乗ってきたが、全部ノーマルマフラーで乗ってきている。うるさい音が嫌いというのもあるし、替える必要を感じないというのもある。ノーマルじゃないと出場できないレースで走ることを目標にしていたというのもあるな。ノーマルでやや元気な音がするバイク(正規に登録された市販車だが)に乗っていたということもある。なので、「バイク=うるさい=規制強化」と短絡的に言われるのには抵抗を感じるし、「またか」とも思う。まあ、今に始まったことじゃないしな。

 ノーマルがベストと思っている訳ではない。軽さとかメンテナンス性とか、交換時のコストなんかもあるから、純正品ではないアフターマーケットのマフラー(ただし、静かな物)は必要だな。音量とは別に音質とかもあるしな。ノーマルしか駄目というなら、メーカーには最後の1台が廃車になるまで新品を供給する義務が生じるんじゃないかな。そんなの無理だよな。

 昔、週末に江ノ島あたりで爆音を上げて騒ぐ若者たちが問題になったことがある。シャコタンにしたクルマに電車のつり革をつけていた頃だな(関係ないけど、つり革をスクーターに付けるのも流行っていたな)。ある時規制が強化され、改造マフラーが付けられなくなった。すると彼らは、爆音を録音したカセットテープレコーダーをクルマに持ち込み、窓を開けて外に向けて“爆音”を轟かせていた。

 法律や規則を厳しくしたりしても、限界があるんじゃないかな。彼らは格好いいと思っているから爆音をあげたがる。市販品がなくなったらマフラーを自作してでも爆音を出すだろう。

 トレンディドラマの主人公にビッグスクーターに乗ってもらい、「オメェまだそんな馬鹿みてえなマフラーつけてんの? もうそんなの流行んねえよ」とでも言ってもらって、『下品な音を出すマフラーは格好悪い』というイメージを世の中に定着させればいいんじゃないかな。ごく一部のマニアしか乗らなかったヤマハのTWがドラマのおかげで人気車になったそうだから、この作戦はイケると思うんだけどな。

第2回
第1回

 今まではレクサスに否定的な意見しか思い浮かべることが出来なかったが、あの大メーカーがそんな浅いことをするわけがない。ではなぜ苦戦を覚悟で(たぶん覚悟してただろう)、実行したのだろうか。

 ヒントになったのは前回引用したデザイン雑誌だ。ネットワークによる情報のグローバル化、一地域の担当者レベルでブランド戦略を練ることの限界・・・この辺が大きく影響しているのではないだろうか。私が趣味としているエンデューロイバイクの世界でも、乗り始めた頃は輸入代理店の情報しか入手出来ない状態だったのが、今ではメーカーの自国のサイトも読めるし、他の国の代理店での販売価格もすぐ分かってしまう。通常の経費以上をノセているのがバレると、ネットの掲示板で話題になってしまう。

 外国製の車・バイクをひとくくりに「外車」と呼んでいた大昔とは異なり、情報が世界中を飛び交っている。「レクサスって日本じゃトヨタなんだぜ」「日本ではレクサスブランドはやってないんだって」などと海外で話題になってしまうことも簡単に予想できる。そして、それではいつまで経ってもメルセデスやジャガーを越えるブランドにはなれないのだろう。だから、日本で多少損をしようがレクサスブランドを成功させなくてはならない・・・んじゃないのかな。

 失敗だったのはLS(セルシオのフルモデルチェンジ)が出来る前に日本でスタートさせてしまったことだ。アルテッツァやソアラなど既存の車のAT変速段数を増やして、内装を多少豪華にしたところでマイナーチェンジとか特別仕様車と同じことだ。アルテッツァやソアラを売っていなかった国では新鮮な素晴らしいスポーツカーとして売れたかもしれないけれど、もともとアルテッツァやソアラを売っている(しかもあまり売れていない)日本で、それを数十万高くして(ついでに値引きも無くして)「新しいブランドの新しい車です」と言ったところで、「この値段だったらベンツやBMWが買える」となってしまうのだろう。

 あと何度かモデルチェンジをすれば「旧アルテッツァ」「旧ソアラ」というイメージも薄まって行って、台数も増えていくことだろう。しかし、苦戦は続くと思われる。そこで、テコ入れ策を考えてみた。

1.独立する

 本社はニューヨークあたりに置いて、エリートビジネスマンに密着したブランドというイメージを強める。「レクサス by トヨタ」よりも「Lexus Co., LTD.」の方がイメージ良さそう。トヨタの連結決算からも外れるぐらいに独立してしまおう。

2.日本法人の社長は外人にする

 レクサスジャパンを作って、新聞のインタビューなんかに登場する社長は細めで若めの外人に。


 上記1~2で、海外からやってきた高級車ブランド、品質は日本車(しかもトヨタ)ってのがアピールできるんじゃないかな。

3.ヤナセで売る

 これは効くだろうな。ヤナセはすごい顧客名簿を持っているだろうし、メルセデスのシェアの切り崩しには効果的なんじゃないかな。ヤナセも喜んで売るんじゃないかな。

4.既存トヨタ店で修理・点検・車検が出来るようにする

 イメージは完全に外車、あこがれのヤナセステッカー、品質はトヨタ、修理点検車検はなじみのトヨタ店。これで何の不安も無く、すべての美味しいところを取ってカーライフを送ることができる。トヨタ店も旧セルシオオーナーとのつながりを継続できるから、トラックやサクシード/プロボックスの売上は今まで通り。

 「そんなことしたらどこも儲からない。ダメに決まっているじゃないか」という意見が聞こえてきそうだ。たぶんその通りだ。他のところでうまく行っていることの美味しい部分だけをつなぎ合わせるなんてことは、そう滅多に出来るものではないだろう。よその美味しい部分を持ってくると、今まで持っていた・築き上げてきた美味しい部分が薄まってしまったり、無くなってしまったりするだろう。でも、それはそもそも・・・

 一地域限定の戦略を世界戦略にしようとしたら、要調整事項が多かった・・・ということなのだろう。

 前回の続き。

 2006/10/19のアサヒコムによると、LS460の発売1カ月間の累計受注台数が1万2000台だったそうだ。前回(セルシオ)のモデルチェンジの時は2万5000台だったそうだから、半分以下ということになる。

 クルマとは直接関係が無いが、デザイン雑誌の2005/4/27付の記事でこんなものを見つけた。

http://nd.nikkeibp.co.jp/nd/news/contents/939.shtml

 「自分はレクサスに乗っているが、日本に来ると同じ自動車がトヨタのバッジを付けて走っている。こんなことはやめてほしい」

~ ショックを受けたのは ~ 各地域の販売担当が、独自の商品ブランド戦略を打ち立てるこれまでの手法の限界を、その言葉から実感したからだ。

 深いツボをついている記事のように見えるのだが、クルマ雑誌じゃなくてデザイン雑誌だからこんな内容になったのかな。

 前回も書いたけど、安くて故障の少ない実用車というイメージが強い地域で、新開発ではなく既存の車の別仕様版に高級感を持たせて売るビジネスモデルとしては大成功なのだろう。しかし、トヨタの本拠地日本では既存の車がよく知られてしまっているし、新聞記事では社会面だけでなく経済面でもかならず「トヨタのレクサス」として載ってしまうし、かかる費用の割には美味しいところが少ないんじゃないのかな。

 「サラリーマン奮闘記」みたいな読み物には、既存の店舗からレクサス店に異動した人の話しなども載っているが、これを読むと新しいレクサス店とは言っても経営は今までの店と同じことも分かってしまう(移籍じゃなくて異動なのだ)。メルセデスやBMWと闘うブランドを立ち上げたつもりが、値引きをしない販売チャンネルを増やしていただけだった・・・なんてことはないだろうか。マスコミも最近は「レクサス店」という言い方をよくしているし。

 LSそのものはきっと良いクルマなんだろうから、ペースはどうであれ今後もきっと売れていくことだろう。しかし、販売チャンネルが変わってしまったことにより、他の見えない部分に影響が出てくるかもしれない。元カーセールスマンだった同僚は、「既存トヨタ店でセルシオが売れなくなると、トヨタトラックの台数が減るだろう」と言っていた。

 あと何回かモデルチェンジを繰り返して、旧セルシオ、旧ソアラ、旧アルテッツァと言ったイメージが無くなってくればブランドとして確かなものになっていくのかもしれない。ハイブリッドなんかも搭載して、メルセデスやBMWにないものを強く前面に出していけばまた新たな闘いになるのかもしれない。でもハイブリッドはトヨタのイメージなんだよな・・・

2006年9月25日  

レクサス

 レクサス苦戦しているようですな。クルマとしてはこの手のクルマにはほとんど興味がないので気にしていないが、ブランド戦略としてはなかなか興味深く、たまに思い出しては成り行きを見守っている。巷ではBMWやベンツがライバルで、それに苦戦しているという解説が多い。「ベンツやBMWなんかより国産の方がよっぽどいいのに、日本人はブランドが好きだから」という意見もよく聞く。けど、ちょっと違うように感じる。

 レクサスの記事が新聞や雑誌に載ると、車種の後ろに(旧ハリアー)とか(旧アルテッツァ)などと表示されることが多い。同じクルマがトヨタでは安く売っている(いた)ことがバレバレなわけで、賢い消費者はそっちを選んでいたのではないだろうか。「ベンツにしようか、トヨタにしようか」と浮ついている層のうち半分がベンツを選び、もう半分はトヨタを選んでいたのだろう。レクサスで扱うクルマは順次トヨタでの扱いを終了しているようだから、レクサスの販売台数は今後増えていくだろう。けれども、それだけではトヨタの販売台数がレクサスに移行するだけで、対ベンツ・対BMWという戦いはまた別の所での戦いになるのではないかな。

 セルシオの後継も今月発売だそうで、トヨタのサイトからはセルシオの文字が消えた。仕事仲間に元トヨタのディーラー営業経験者がいるが、セルシオの売り方は普通のクルマとはまったく違うそうで、「買ってくれるところに売りに行く」のだそうだ。クルマ雑誌では「ベンツS対BMW7対セルシオ」なんて乗り比べをよくやっているけど、そんなのを読んで本当にセルシオか7かSかを悩んで買う人はごくわずかで、実際に買うのはそのイメージやスピリットを引き継いでいる(と思い込んでいる)マークXとか3とかCなのかもしれない。Sか7かセルシオか・・・と悩んでいたごく一部の個人ユーザーはレクサスに取り込めるかもしれないけれど、今までセルシオを買っていた層の中で中心となるあたりが、なじみのトヨタのセールスマンから「うちではもうセルシオ扱えないんです」と言われて制服や作業服を背広に着替えてレクサス店に出向くだろうか。次期クラウン(1グレードアップ)がそこそこ良い出来だったら面白い戦いになりそうだな(そんなの出るのかどうか知らないけれど)。

 「安くて故障の少ない商用車」というイメージで売れている国・地域で、高級外車と本気でぶつかるための戦略としてはレクサスは最適だったのだろう。でも、日本はトヨタの本拠地で、トヨタ=日本一・世界一のクルマ屋さんということはみんな知っている。セルシオもビッツもハイエースも宅急便のトラックも全部トヨタだって知っている。だからそこで新しいブランドを作っても、みんな中身で考えているし、不景気だから安い方(トヨタブランド)を選んじゃう。レクサスの敵はベンツでもBMWでもなく、そして日本人のブランド信仰でもなく、母体のトヨタだったのではないか。もちろんワシでも気付くぐらいのことなので、偉い人たちはもっと前からいろいろ考えて、イケると判断してGoを出しているんだろう。けれども、後手後手で一生懸命つじつまを合わせているような状態にも見えてしまうのだ。

 もし本当にセルシオ対次期クラウン(1グレードアップ)が本気の戦いになってきたら、次にやるのは色制限かな。「トヨタ店ではシルバーと黒と白は選べません」これは効くだろうな。

2006年9月23日  

バイク整備

 昨日の映画に影響されたって訳ではないのだが、そろそろ走りに行くチャンスもありそうなので久しぶりにバイクを引っ張り出して整備してみる。メインの作業はハンドガードの交換だ。前に転倒したときに、ブッシュガードとブレーキレバーの間に指が引っかかって骨折してしまったことがある。あの後ブッシュガードを止めてハンドガードに変えようと思っていたのだが、延び延びでダマシダマシ乗ったり乗らなかったりしているうちに2年近くも経ってしまった。

 装着するハンドガードはACERBISの新型(でもないか)UNIKO。まずは第一子のYZから。ざっと説明だけして自分でやらせてみる。取り付けは簡単、非常に格好良い。じゃあ俺もってことで自分のLC4に向かい、まずはブッシュガードを外して、それからパッパと取り付ける。LC4には集中スイッチがついたままなので装着できるかどうかが心配だったが、レバーを少し内側にずらすだけで大丈夫だった。もともとレバーは転倒対策として内側に追い込みたかったからちょうどよい。

 「さあ付いた」・・・と跨ってハンドルやレバーに手を掛けてみる。1989の250に乗っていた頃の感覚がよみがえる。今でもLC4を好んで乗るのはLC4自体が好きなこともあるが、どことなく1989の250の乗り味が残っているのも大事な理由なのだ。

 「よしよし、いい感じだ」とマシンを降りてセンタースタンドをかけ、前から眺めてみる。すると・・・格好悪い!! 深く考えずにKTMオレンジのハンドガードを購入したのだが、1997の薄いオレンジとはまったく合わないのだ。横で見ていた第一子も「格好悪い」とつぶやいている。失敗だ。とりあえず今回は装着テストということにし、次回走行までには黒か銀のものに取り替えることにしよう。あとはエアクリーナーを洗浄したり各所に注油したり。

 夕方からは大型バイク用品店に買い物に行くなど、午後は久しぶりにライダーらしい生活をした。まだ走ったわけではないが、バイクの準備的にも心の準備的にもこれぐらいがちょうどいい。

 夕食は長崎ちゃんぽん「R」。メニューを見ているときにはレタス入りのチャーハンが付いてくるセットに惹かれたが、座った席から調理場を見ると真正面にコンクリートミキサーのようなチャーハン製造機が見えた。見ているうちに、さっきまであったチャーハンを食べたい気持ちは消えてしまったのであった。

               
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